歌の中の歌 メモ

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今日は、神楽坂へ望月さんの作品を見に行きました。実は2度目。先日のお話、メモから抜粋。

「工芸とは何か1 絵と言葉」より
望月通陽 高木崇雄 対談 2017年9月29日

「雅歌」は恋愛詩であるが、なぜ聖書にあるのか、バッハのマタイ受難曲に俗歌が取り入れられたことで力を帯びたように「聖」だけでは弱いのではと思う。
「雅歌」は抜粋ではなく全篇を版画にしている。端っこ、切れ端ではない。
イタリア語で入れたのは、イタリア語のリズムが好きだから。自分にとって作品をつくることで聖書を読んでいる。仕事を通して、手を動かして読むのが自分の読み方である。
「雅歌」を型染にしたわけだが、型染の色気に「雅歌」があっていると思った(エッチングなどより)。糊を指で一部こすったりした。肉体的に「雅歌」に参加したいと思った。
 
ブリキ絵に対する返歌という意味合いが今回の作品を作る動機にあった。
ブリキ絵はメキシコの奉納画で、祈りが成就したときなどにお礼に描き、教会や祠のようなところに納められる。高校3年で染色屋に弟子入りして20歳のときに柳宗悦の『工芸への道』を読み、うちのめされた。「無作為」や時間の経過にはとても太刀打ちできないと思ったからだ。
「用の美」の「美」という新しい日本語の前に多くの職人が面食らい、たじろいだはず。「いつくしみ」とか「いとおしさ」と言われたらまだ分かったのではないか? それで方向を失った人も多かったのではないだろうか。自分は、職人にとって無意識であり続けることは、無理なことだと思った。
(高木さん:実は柳の全集を見ても「用の美」ということを書いていない。「用即美」などという言葉があり、用と美が不即不離だということは言っている。当時の帝展・日展系の画壇に対する批判を込めたプロパガンダ的な意図から強い言葉を使っている。)
 
それが今回、祈りだけを主眼としているブリキ絵を見て、それに意識的な仕事で向かいたいと思ったのが、作品制作の主な動機である。
ブリキ絵はわりあい古いもの(19世紀くらい?)であるが、現在描かれたブリキ絵にはこれほどの存在感があるのだろうか? 自分は(今という時に)健康な状態で作品を提供したいと考えている。
タペストリー、のれんは風で動き、ある時、動画のようになる。その時、線が生きてなければならない。

骨董の味を、今のものに出せるわけはないし、比べられるのは屈辱的だ。比べるべきではないと思う。柳がいた時代には「美」という言葉を用いて説得せざるを得なかっただろうと思うが、弊害も大きかったと思う。また、手に頼らざるを得ない時代と同じことをやれと言われたら、自分に時代をくれ、と言いたい。
自分は隙があれば絵を描きたい。絵を描かせてほしいと思う。
高木さんと:(展示が行われている)一水寮悠庵(昔、大工さんの寮だった建物)では、建物が生きていて、場が語っている。暮らしと展示はつかず離れずがよい。そのすりあわせが難しい。

陶芸では、自意識が焼けてなくなる。スリップウェアなどは雑器として作られたものだが、新しい表現はあまり試みられていないように思う。人が見えない仕事は退屈だと思う。自分がつくりたいものをつくるとき、作為は必ずある。人間だもの。無作為なはずがない。
今回ヘラ描きのタピストリーをつくった。(と、ここでヘラ描きの説明絵をホワイトボードに)。
糊は餅粉と糠と石灰をあわせてつくる。京友禅、沖縄の染色、出雲風呂敷など様々なものがあるが、それらは糊を媒体とした表現である。
表現したいという欲求があるが、職人というほど技巧を使いこなしていない。乏しい技法で自分は表現する。染物屋と言えないので、自分は卑下して染色家と言っている。

作品をつくるとき、時間をアテにしてはいけない。「今」が作品であり、「手を離した瞬間が作品の一番幸福な状態であるようにと心がけている。
絵だけ、文字だけ、絵と文字、思考は自分にとって同じである。モジリアニの絵のサインを見た時、絵と分かち難いと思った。どちらが時でどちらが絵でもよいという幸せな状態に私たちはなれる。
例えば東洋の「書」も、意味が分からないこともあり、建物や橋のように造形として見ている。毎日デッサンをして、100ページのデッサン帳が、今年すでに13冊目である。とにかく毎日描いていると、何かちょっと成長するから。ボールペンで、朝の5時に。
描くのはこういう感じのものを(ホワイトボード裏面に線描き)。そしてその線が顔に見えたら顔にして、文字(日付などを英語などで)を入れてみたりする。線が伸びたいように伸ばす。ラジオ体操のように描く。アルファベットも毎日。絵と字が一体になれるようだ。
「工芸とは何か」ということについて、柳の言葉に挫折したが結局自分に従ってやってきた。


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# by youyouhibiki | 2017-10-02 00:10 | 美術 | Comments(0)

ジャネット・ウィンターの近作


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ジャネット・ウィンターの近作を検索してみましたが、
なんと今年の8月22日にザハ・ハディドの本を出したようです。

一時期、引退っぽいことが書かれていただけに嬉しいのと、
やっぱりこの方からは目が離せません。

https://www.amazon.com/World-Not-Rectangle-Portrait-Architect/dp/148144669X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1505629873&sr=1-1&keywords=Jeanette+Winter
このほか、ウィンターの伝記には、コーネル、これも未読:
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https://www.amazon.com/Cornells-Dream-Boxes-Jeanette-Winter/dp/1442499001/ref=sr_1_10?s=books&ie=UTF8&qid=1505630061&sr=1-10


ヒルデガルド・フォン・ビンゲン:
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https://www.amazon.com/Secret-World-Hildegard-Jonah-Winter/dp/0439507391/ref=sr_1_29?s=books&ie=UTF8&qid=1505630233&sr=1-29&refinements=p_27%3AJeanette+Winter


ベアトリクス・ポター:

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https://www.amazon.com/Beatrix-Jeanette-Winter/dp/0374306559/ref=sr_1_46?s=books&ie=UTF8&qid=1505630282&sr=1-46&refinements=p_27%3AJeanette+Winter

マララさんについても描いているのですね:

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https://www.amazon.com/Malala-Iqbal-English-Jeanette-Winter/dp/1849672261/ref=sr_1_71?s=books&ie=UTF8&qid=1505666953&sr=1-71&refinements=p_27%3AJeanette+Winter

こうしてみると、ウィンターの描こうとしていることや人があるー魅力的なー傾向を持っていることに気づきます。私より20歳くらい年上のはずですが、まだまだ目を離せない作家です。

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# by youyouhibiki | 2017-09-18 01:45 |  ウィンター/ディキンソン | Comments(0)

『Emily Dickinson's Letters to the World』

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前にもブログに書いていますが
http://youyoublog.exblog.jp/7045538/
エミリ・ディキンスンというアメリカの詩人を初めて知ったのは、
ジャネット・ウィンターという私の好きな絵本作家の作品に
『Emily Dickinson's Letters to the World』という本が
あることを知ったことによります。
当時この絵本を購入することが難しく、
先にディキンスンの詩と評伝を読んで、
すっかりこの詩人が好きになったという経緯でした。
その後、US Amazonで購入した絵本、
どこにしまったかなかなか見つからなかったのを、
本日ようやく探し出すことができました。

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ある人物の「人となり」を描くのに、
その人の生い立ちを歴史的環境、家族関係などを含めて細かく描く方法と、
いくつかのトピック的エピソードで表現する方法があると思うのですが、
先日見た映画『静かなる情熱 エミリ・ディキンスン』は前者、
ウィンターの絵本は後者、ということになるかと思います。
(もちろん、「映画」と「絵本」の特性にもよるわけですが。)

映画のほうはディキンスンの生涯についてはかなり理解できたのですが、
詩の魅力を語るところまではいかなかったように思いました。
映画のあとに『エミリ・ディキンスン 愛と詩の殉教者』という
評伝を読み返したのですが、ディキンスンの愛した甥のことやら晩年相愛だった人のことは
映画には描かれておらず、全体に暗い感じがしたのは否めないところ
だったかと思います。
http://dickinson-film.jp/

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絵本のほうは、エミリが亡くなったところから
妹が遺された詩を見つけるまでが8ページ。
それに、ウィンターの選んだディキンスンの詩が21篇。
それにNoteとしてディキンスンの略歴が8行とEudora Weltyという
アメリカの作家の言葉が2行。
A Sheltered life can be a daring life as well.
For all serious daring starts from within.
以上で構成されているのですが、
ディキンスンの詩の魅力を余すことなく伝えているように思いました。


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# by youyouhibiki | 2017-09-18 01:31 |  ウィンター/ディキンソン | Comments(0)

読んだ本のメモ

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2016年1月刊行の『キリスト教と戦争』(石川明人、中公新書)を再読したので、
メモします。
特に「第一章 ローマ・カトリック教会の説く『正当防衛』」と
「終章 愛と宗教戦争」は、世界情勢の変化により、
以前読んだときよりも内容が響いてきたように思えました。

「第一章 ローマ・カトリック教会の説く『正当防衛』」によると、
①バチカンは正当防衛を認めているのに対し、
②日本のカトリック司教団から出される声明文では
「正当防衛や正戦論的考えは皆無」であり、
「戦争や軍事に関するものはとにかく全面的に否定するという、
 素朴な姿勢で貫かれている」。
③これらの文書は一般信者に向けて書かれたものなので、
「理解が困難な部分はほとんどないが、『戦争』や『正当防衛』など、
 基本的概念についての定義や再検討はなされていないため、
 疑問に残る部分も少なくない」。
④特に「正当防衛」についてはクラウゼヴィッツ『戦争論』第六篇「防御」の
 「『戦争』概念は攻撃ではなくむしろ防御によって発生する」という指摘を挙げます。
 クラウセヴィッツによれば、「攻撃」側の目的とするのは、相手の領土や物品の略取であって、闘争そのものではない。戦わずにそれらを獲得できるなら、それにこしたことはない。したがって彼は「侵略者は常に平和を愛好する」とさえ表現する。それに対して、「防御」側の目的は、純粋に相手を撃退すること、つまり戦闘に他ならないので、結局「戦争」概念は防御とともに発生し、「戦争に対する心構えは、侵略者の側よりもむしろ防御者の側にある」というのである。(p.41)
また、別の箇所では、第二バチカン公会議で採択された
『教会における司教の司牧任務に関する教令』で
「軍隊に専属の聖職者である従軍チャプレンを設置することについても
積極的な言及がなされて」いるのに対し、
日本の司教団からはそのようなメッセージが皆無であることも指摘しています。

また、次のような指摘も重要であると思われました。
戦争は極めて複雑な自称なので、平和については戦争そのものに関する十分な考察のうえで議論されねばならない。同じ「戦争」であるからといって、戦国時代の戦いを念頭に太平洋戦争について議論しても無意味であるように、太平洋戦争のイメージだけで二一世紀の戦争は語れない。戦争は時代とともに常に変化していくので、私たちは常に新たな軍事・戦略環境を念頭におく必要がある。
先日、プロテスタントの友人と少し話をする機会があったのですが、
その方の所属する教会では、60数年前に牧師夫妻が教会を設立するときに
「他の要素が混じる可能性があるので、教会としてチャリティーは一切しない」という
方針とされ、現在もそうなのだと聞きました。
もちろん、信徒は個々にチャリティーをするだろうし、
政治的な発言や活動は教会以外でどうぞ、というスタンスであるようです。
そもそもカトリック司教団の現在の方向性は
「汝の隣人を愛せ」という言葉から来ていることを思うとき
(このほかにも、戦前の「戦わなかった?」教会への批判や言論弾圧に対する危惧、
などが教会の政治的言及の源になっていると思われますが)、
その教会の方針を羨ましく思わずにはいられませんでした。

(私自身は、教会が教会として政治的発言をすることに対して、
それによって切り捨てられる人がいるのでは? という危惧を抱きます。
例えば原発事故の折の反対意見表明で、原発事業に従事していた方々やそのご家族は
行き場を失っていないでしょうか?
Aについて賛同することは、Bを主張する人を否定することになるのではないでしょうか?
そのような疑問が頭をもたげます。)

本書ではさまざまな点に言及しつつ、終章に至ります。
最後のセンテンスをここに引用したいという欲求をこらえて、
あとはどうぞ読んでください、と申し上げたいと思います。


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# by youyouhibiki | 2017-09-18 00:34 | 思う・考える | Comments(0)

秋彼岸

Requiemとは安息のことまんじゆさげ

(訃報ののちに、ご冥福をお祈りしつつ)

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# by youyouhibiki | 2017-09-17 01:29 | 詩歌(下記以外) | Comments(0)

十三夜

満ち満てる月の光や草睡る

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9月7日だったかな? あとで調べたら十三夜とのこと。

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# by youyouhibiki | 2017-09-16 23:52 | 詩歌(下記以外) | Comments(0)

川のうた

水鶏(くいな)みる子を見守ればばあさぎ風
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青鷺の四葩(よひら)に遠き水の中
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(見たまんまですが)
(上の写真の鳥は鴨であり、くいなではありません。)


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# by youyouhibiki | 2017-07-01 22:09 | 詩歌(下記以外) | Comments(0)

『ファッションとアート 麗しき東西交流』展を見て

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アリス・ベーコンの『明治日本の女たち』(みすず書房)は、渡辺京二の『逝きし世の面影』がお好きな方ならおすすめの本で、1888年と99年に来日した女性がつぶさに見た当時の日本、宮廷から農村までを観察し記録した本です。

昨日行ってきた『ファッションとアート 麗しき東西交流』展で見た幕末〜明治のファッション』を見ながら思い出したのは、この『明治日本の女たち』の一節でした。(以下引用:)

「将軍家が滅亡し、城と大名屋敷がなくなると、日本人のファッションもがらりと変わってしまった。有閑階級の豪華な生活がなくなると、華麗な花柄の着物の人気は廃れてしまった。もはや舞台以外で、きれいな刺繍をほどこした優雅な着物を見かけることはない。女性たちが季節ごとに装いを変えなければならないので、
自然の花そっくりの刺繍をほどこした着物を常に買いあげていた日本各地の大小の宮廷も消えていった。日本に来た外国人は、必ずと言ってよいほど知り合いの日本の女性に『どうして昔のような、美しい刺繍をほどこした豪華な着物を着ないのですか』とたずねる。答えは決まって、「もう大名屋敷がありませんから」である。日本女性の衣装の変化を説明するには、これで十分だと思われている。(7 城と屋敷での生活)
(もっとも著者はここに注を入れ、それは1890年の時点のことで、商業と産業が発展を遂げた10年後には、再び刺繍をほどこした着物が流行しつつあった、と述べている。)

明治維新のあとつまり従来の発注者がいなくなってから世の中がある程度落ち着いて新たな発注者が出てくるまでのたいへんな時代の様子を、女性の着物が見事に言い当てているような気がするのですが、今回の展覧会では、そのような時代にあって海外に隘路を求めた人々、商店、商社などのプロダクツが最初に展示されていたのが印象的でした。

さらに欧米に目を向けると、それまでコルセットで体型を整形するファッションから、それに比べるとかなりルーズな着物(今の私たちは、着物のほうがきついと言ったり、あるいは当時の着物の着方も違ったりですが)を取り入れたファッションへと変化させ、さらにまた1900年代に入ると、畳めば平面になる着物のようなドレスを、体(体型)の上にそのまままとうスタイルが流行したこと。

逆に日本では、ジャポニスムとして欧米で咀嚼されたものがその後、逆輸入され、もてはやされるという、まさに「麗しき東西交流」が当時なされたあたりを丁寧に展示していました。

以前、世田谷美術館で『ファッション史の愉しみ』展を見たのですが、コルセット→ゆったり の変化を宣伝する折、日本版画の影響を取り入れたポショワールを、それ以前のファッションプレートの主流だった銅版画のかわりに戦略的に用いたという解説を聞いたのですが、このようにファッションの流れを見ると改めて、ジャポニスムという時代のうねりが感じられるように思いました。

http://yokohama.art.museum/special/2017/fashionandart/

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# by youyouhibiki | 2017-06-24 14:58 | 美術 | Comments(0)


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