澤蔵司(たくぞうす)稲荷(番外)

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江戸川橋から春日通りへ行こうと思って見つけたお寺です。
浄土宗 澤蔵司(たくぞうす)稲荷。

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本堂右横に「霊窟 おあな」という、
「どのように受け取るのもあなたの自由」とでも言いたそうな(?)
案内の石があり、その下にはこちら↓のような鳥居があります。

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人っ子一人いなくて(※誰か出てきても怖い)、山の中に迷い込んだようです。
恐る恐る階段を下りていくと、顔の削られた狐に守られた祠があり、
そのとき

  バサッ バサバサッ

どこかで烏の羽音。

  ヒーーッ コワいよーーっ

と心の中で叫んで、早々に「おあな」から抜け出ました。

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本堂の前には、この通り、子連れの狐さんたち。
ちょっとホッとします(^^;;

さて、帰ってから調べてみると、なかなかおもしろい伝説の残るお寺です。

澤蔵司(たくぞうす)とは天保時代、学問を学んだとされる狐、また、その伝承を指す。

天保4年、江戸にある伝通院の覚山上人が京都から帰る途上、
澤蔵司という若い僧と道連れになった。
若い僧は自分の連れが伝通院の覚山上人だと知ると、
学寮で学びたいと申し出てきた。
若い僧の所作からその才を見抜いた覚山上人は入寮を許可し、
かくして澤蔵司は学寮で学ぶことになった。
澤蔵司は入寮すると非凡な才能をあらわし、皆の関心を寄せた。
が、あるとき寝ている澤蔵司に狐の尾が出ているのを同僚の僧に見つかってしまい、
上人に自分に短い間ではあったが、仏道を学ばせてもらったことを感謝し、
学寮を去った。
その後一年ほどは、近隣の森に住み、夜ごと戸外で仏法を論じていたという。


澤蔵司は僧であった頃蕎麦を好んで食べていた。
澤蔵司がひいきにしていた蕎麦屋では、澤蔵司が現れた日、
銭に必ず木の葉が混じるので怪しみ、
ある晩店の男は蕎麦を買った澤蔵司をつけて行くと、
森の中に蕎麦を包んだ皮が散らばっていたという。

また、この出来事から店の男が澤蔵司は狐だと感づき、
それが原因で澤蔵司は上人に自分が狐であることを打ち明けたと言う説もある。
現在でも澤蔵司がひいきにしていた蕎麦屋(稲荷蕎麦萬盛)は残っている。
(以上、wikipediaより


この澤蔵司をお祀りしたのが、澤蔵司稲荷なのですね。(澤蔵司稲荷HPより)

私は、京都出身なので、お稲荷さんと言えば伏見稲荷。
しかしそこは「神社」です。お稲荷さんは今まで、神社に祀られるものだとばかり
思っていました。
ですけど、澤蔵司稲荷は、伝通院の別当寺……(@@)。

  「別当寺って??」

さっそくwikipediaで調べると、

別当寺(べっとうじ)とは、神仏習合が許されていた江戸時代以前に、
神社に付属して置かれた寺のこと。
神前読経など神社の祭祀を仏式で行う者を別当(社僧ともいう)と呼んだことから、
別当の居る寺を別当寺と言った。(略)

別当とは、すなわち「別に当たる」であり、本来の意味は、
「別に本職にあるものが他の職をも兼務する」という意味であり、「寺務を司る官職」である。

別当寺は、本地垂迹説により、神社の祭神が仏の権現であるとされた神仏習合の時代に、
「神社はすなわち寺である」とされ、神社の境内に僧坊が置かれて渾然一体となっていた。
神仏習合の時代には、神社で最も権力があったのは別当であり、
宮司はその下に置かれた。


と書かれていて、なるほど、と思いました。

このことは、どこかで書こうと思っていたのですが、
豊島88ヶ所を巡っていると、明治時代の神仏分離によって、
お寺と神社がきっちりと分けられていることに驚かされます。
京都、奈良へ行くとそれほどでもないのですが、
「官」のお膝元の東京では、そうもいかなかったのだろう、と、
さみしい思いもしていました。でも、このお寺はそうではなかったようです。

そもそもの伝説の経緯(稲荷台明神が浄土宗を学んだ)からして、
神仏分離ができなかったのでは??などと思うのですが、
いかがでしょうか?

「おあな」の混沌とした暗さといい、人間世界に出入りする狐の話といい、
闇の怖さを抱え持ちながら、やさしくそれらと付き合った
江戸のひとたちの面影も見えてくるようでした。
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by youyouhibiki | 2010-09-14 00:06 |  花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(2)
Commented by 豊島結願 at 2010-10-17 21:59 x
江戸観音めぐりだと、11番(八百屋お七)から12番(伝通院)への移動でここの前を通りますね。浄土宗なのに護摩を焚かれる、珍しいお寺です。

豊島霊場の札所も、その多くで神道と習合していました。
31番の普門院では、今でもその伝統を伝えるお祭りがあります。
Commented by youyouhibiki at 2010-10-18 08:14
豊島結願さま
ありがとうございます。豊島巡礼も近場からだんだん遠くへ行くと、
今度は府中88ヶ所などほかのお遍路路のお寺にもめぐり合いますね。
ブログを拝見しましたら、豊島88ヶ所のご本を出版されたとのこと、
おめでとうございます。
椎名町の方へ行った折に購入させていただこうと思っております。
(目下、風邪から中耳炎になって外出あまりできませんので、
少し先になると思いますが)


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