堀田善衛『定家明月記私抄 正続』
図書館で借りてきた堀田善衛『定家明月記私抄 正続』を読み終えたのだが、
なんとも凄い本だった。
まず、時代が凄かった。
荘園制度が崩壊して、武士に頼らざるを得ない国家の大転換期である。
天変地異が続き、飢饉が続く。盗賊が横行する。
法治国家の体(てい)をなさない。新興宗教に救いを求める人たち。
寛喜3(1231)年の頃の京都は凄まじい。
定家70歳(80歳まで生きた)当時、
後鳥羽上皇も隠岐に流されたのちのことであるが、
「(飢餓で亡くなった)死骸道ニ満ツ、逐日増加ス」
天皇の輿が方違えのために移動中、大宮のあたりが死体がいっぱいにになり、
立ち往生、輿を担ぐ者たちも栄養失調で担ぎきれなくなり、あわや「平臥セントシ」、
慌てて武士に担がせるという場面もあったらしい。
「地獄草紙、餓鬼草紙、病草紙の世界は、現実そのものに他ならない」(本文)
国が音を立てて崩れていくさ中、天皇(後鳥羽天皇、のちに上皇)がまた凄い。
白拍子をはべらせ、今様の歌いすぎでのどをつぶし(昨今ならカラオケ?)
当時流行った陽剣という今ストリップショウまがいのことを
家臣に命じてやらせている。蹴鞠、歌合せ、熊野詣……デカダンスの極致である。
そして定家。
連歌や俗謡が流行りはじめ、国家も和歌も行く末が分からないこの時代に、
定家は定家のやり方で、つまり歌道=家道をうちたてることで、
たとえ後鳥羽上皇と対立しながらも和歌を守ろうとする。。。
後鳥羽上皇と言い、定家と言い、文化とは何ぞや?と思ってしまう。。。
さらにさらに凄いのは、著者の堀田善衛である。
戦前、徴兵の直前に氏は、明月記にある「紅旗征戎(コウキセイジュウ)
吾ガ事に非ズ」という言葉に目をとめた。
「世の中に起こっている乱逆追討の風聞は耳にうるさいほどであるが、
いちいちこまかく書かない、と書き切っていることは、戦局の推移と、
頻々として伝えられて来る小学校や中学校での同窓生の戦死の報が耳に満ちて、
おのが生命の火さえ目前に見るかと思っていた日々に、家業とはいえ彼の少年詩人の
教養の深さとその応用能力などとともに、それは、もう一度繰りかえすとして、
絶望的なまでに当方にある覚悟を要求して来るほどのものであった。」(本文より)
幸いにも戦争から無事に戻ると、明月記を読むのだが、漢文の明月記を
書き下したものを読んだとしても、約50年分、延々と日記は続くのだから。。。
しかし、氏のほかにいったい誰がこれほど深く明月記を読み解くことができるだろう。
政治についても、歌についても、人についても理解していなければ、
とうてい語ることなどできない。
『定家明月記私抄』は、三つ巴、四つ巴に読み応えのある本だった。。。
蛇足ながら:
荘園制度では、女性の所有権を認めていた。
式子内親王が、相続でさんざん頭を悩ましたのも、また、源氏物語のような
妻問い婚が成立したのも、女性の所有権に寄るところが多い。
しかし、武士時代になると、後にだが女性の所有権は奪われてしまう。
定家存命中について言うと、御成敗式目により「姦通」が罰っせられることになり、
妻問い婚は終焉を迎えた。
残念ながら、定家の歌や、新古今和歌集成立の経緯、歌をめぐる後鳥羽上皇との対立に
ついては、よく分かっていない。定家の歌は、マラルメにも比せられるが、それもよく
分かっていない。百番歌合せなどについても、よく分からない。
これは今後の課題としたい。宗教についても、同じである。
『定家明月記私抄』は、明月記についての本を読もうと思って、
たまたま手にしたものだ。
実はとても若いときに、堀田氏の「ゴヤ」が出たので喜び勇んで1巻目を買ったのだが、
読み切れなかった。
当時は面白くないと思ったのだが、おそらく内容が理解できなかったのだろう。
今回の『定家明月記私抄』は、氷山のように忽然と現れ、私の前に今もこれからも
立ちはだかっている。こんな本に巡り会えることは滅多にない。
by youyouhibiki
| 2007-10-22 21:02
| 平安~鎌倉の文学
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