芥川龍之介の旋頭歌『越し人』

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数年前に偶然、古本市で見つけた『明星』1925年3月号に
芥川龍之介の旋頭歌『越し人』が載っていた。

この『越し人』については、『或る阿呆の一生』に
このように書かれている。

「彼は彼と才力の上にも格闘出来る女に遭遇した。
が、『越し人』等の叙情詩を作り、僅かにこの危機を脱出した。
それは何か木の幹に凍った、かがやかしい雪を落とすやうに
切ない心もちのするものだった。」

「才力の上にも格闘出来る女」とは、堀辰雄の『聖家族』のモデルにもなった
片山廣子を指す。

芥川龍之介全集には収録されているが、こちらに『越し人』を紹介させていただこうと思う。
全集を読むと、龍之介が、俳句だけではなく、長歌、短歌、旋頭歌など
歌の形式にこだわらず多くを作り、友人らへの手紙に書き添えてていたかが分かる。
(いったい何時ごろから、私たちは歌の形式にとらわれるようになったのだろうか。。。)

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越びと  旋頭歌二十五首
           芥川龍之介
     一

あぶら火のひかりに見つつこころ悲しも、
み雪ふる越路のひとの年ほぎのふみ

むらぎものわがこころ知る人の戀しも。
み雪ふる越路のひとはわがこころ知る。

現し身を歎けるふみの稀になりつつ、
み雪ふる越路のひとも老いむとすあはれ。

     二

うち日さす都を出でていく夜ねにけむ。
この山の硫黄の湯にもなれそめにけり。

みづからの體温守るははかなかりけり、
靜かなる朝の小床に目をつむりつつ。

何しかも寂しからむと庭をあゆみつ、
ひつそりと羊齒の卷葉にさす朝日はや。

ゑましげに君と語らふ君がまな子を
ことわりにあらそひかねてわが目守(まも)りをり。

寂しさのきはまりけめやこころ揺らがず、
この宿の石菖(せきしょう)の鉢に水やりにけり。

朝曇りすずしき店に來よや君が子、
玉くしげ箱根細工をわが買ふらくに。

池のべに立てる楓ぞいのちかなしき。
幹に手をさやるすなはち秀(ほ)をふるひけり。

腹立たしき身と語れる醫者の笑顔は。
馬じもの嘶(いは)ひわらへる醫者の齒ぐきは。

うつけたるこころをもちて街ながめをり。
日ざかりの馬糞にひかる蝶のしづけさ。

うしろより立ち來る身に感じつつ、
電燈の暗き二階をつつしみくだる。

たまきはるわが現し身をおのづからなる。
赤らひく肌(はだへ)をわれの思はずと言はめや。

君をあとに君がまな子は出でて行きぬ。
たはやすく少女ごころとわれは見がたし。

言にいふにたへめやこころ下に息づき、
君が瞳(め)をまともに見たり、鳶いろの瞳を。

     三

秋づける夜を赤赤と天づたふ星、
東京にわが見る星のまうら寂しも。

わがあたま少し鈍りぬとひとり言いひ、
薄じめる蚊遣線香に火をつけており。

ひたぶるに昔くやしも、わがまかずして、
垂乳根の母となりけむ、昔くやしも。

たそがるる土手の下べをか行きかく行き、
寂しさにわが摘みむしる曼珠沙華はや。

曇り夜のたどきも知らず歩みてや來し。
火ともれる自動電話に人こもる見ゆ。

寝も足らぬ朝日に見つついく日經にけむ。
風きほふ狹庭(さには)のもみぢ黒みけらずや。

小夜ふぐる炬燵の上に顎をのせつつ、
つくづくと大書棚見るわれを思へよ。

今日もまたこころ落ちゐず黄昏(たそが)るるらむ。
向こうなる大き冬樹は梢(うら)ゆらぎをり。

門のべの笹吹きすぐる夕風の音、
み雪ふる越路のひともあはれとを聞け。

(『明星』1923年3月号より)

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by youyouhibiki | 2007-11-15 00:51 |  芥川/片山廣子 | Comments(1)
Commented by youyouhibiki at 2007-12-24 00:16
追記:
2007年12月22日の日記に、旋頭歌について書きました。
http://youyoublog.exblog.jp/6986679

『越びと』第9番目の歌、
うつけたるこころをもちて街ながめをり。
日ざかりの馬糞にひかる蝶のしづけさ。

は、片山廣子の短歌
日の照りの一めんにおもし路のうへ
馬糞にうごく青き蝶のむれ      (『翡翠』より)
をうけて歌われた。


本のこと、詩歌のこと、美術展のこと、and so on...


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