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茅野蕭々訳 『リルケ詩集』

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   追 想
               リルケ/茅野蕭々訳

そして私は待つてゐた、待ちまうけてゐた。
私の生命を無限に増す一事を。
力あるものの普通(なみ)ならぬものを、
石の眼ざめるのを、
私に向いている深いものを。

書架にある金や褐色の
書籍は薄明になって来る。
私は通り過ぎた国々や、
多くの光景や、再び失つた
女たちの衣裳のことを考へる。

その時私は突然知る、これだつたと。
私は立ち上る。私の前には
過ぎ去った一年の
怖と、姿と、祈祷とが訴へてゐる。

子どもの頃、と言っても中学生の頃、
家の本棚のにある本を読むようになった。
そこには、父が昔読んだ本が収められていたのだけれど、
荷風や谷崎には手が出せないような気がして、
もっぱら読んだのは『珊瑚集』『海潮音』『リルケ詩集』などの詩集だった。

中でも茅野蕭々訳の『リルケ詩集』(昭和2年刊、第一書房)は、
分からないままに好きな詩集(それは装幀を含めて)だった。

……実際、それらは分からない言葉の羅列だった。

お前たち少女は四月の夕の
花園のようだ。
春は数多の路の上にあるが、
なほ何処とめあてもない。

みそなはせ、私等の日はこんなに狭く、
夜の室は気づかはしい。
私等はみな倦みたわまず、
赤い薔薇をねがつてゐます。


……たとえばここには「少女」と出てくるし
自分自身も少女時代にあるのだけど、
リルケの「赤い薔薇をねがう少女」はまったく自分と異質のもの??

などなど、それでいながら、何か語句の美しさや(日本語の)韻律に
引かれて、何度も読み返した。

こうして、この本を、私は自分の本棚にこっそり置いておくと、
夏休みなどに父が帰って、自分の本棚に戻す。
中学から高校にかけて、その繰り返しを何回やっただろう。

やがて、いろいろな生活のかたちが変わって、この本は失われてしまった。

それ以後、他の人の訳で読んでみるのだけれど、
どれも私にはしっくり来なかった。
今年4月に、岩波文庫から茅野蕭々訳『リルケ詩抄』が出され、
昨日やっと購入した。

読み返してみると、暗誦こそできないまでも、
言葉がいつの間にか自分のものになっているような気が、しなくもない。

もしかすると、「過ぎ去った一年の」よりももっともっと永い時間を経て、
私の「怖と、姿と、祈祷」も何かを訴えようとしているのかも知れない。


 ☆ 秋思あり やがて祈りに似て清く  きらゝ (先日の歌仙の中の一句より)




※画像はこちらのサイトのものを補正して使わせていただきました。(汗
by youyouhibiki | 2008-07-20 20:22 | 詩歌(下記以外)


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