カテゴリ:思う・考える( 12 )

陸前高田市復興支援プロジェクトのこと

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江古田の教会でゴスペルを歌っているメンバーの一人が、
陸前高田に定住して復興活動をするために先週旅立ちました。
地震直後から何回も陸前高田に泊まり込みで応援に行っていた
若い男性ですが、今後定住して活動されるとのことで、
その勇気ある行動に感嘆するとともに、
私も少しでも応援していこうと思っています。

陸前高田市復興支援プロジェクト
Loge Takata, Love Japan Project


彼らのプロジェクト「キーポスト」では、販売するキーホルダーに
シリアルナンバーを付け、登録しておくことで、

1. 落としたとき交番などに届けられ本部に連絡が行くと、
 本人に連絡がくる。

2. 身につけていて不慮の事故にあった場合でも身元確認が早くできる。
 あらかじめ個人情報(既往症や飲んでいる薬などを含め)を
 登録しておくことにより、病気や怪我のときに医者などに
 それを知らせることができる。

3. 身につけるものを持ってもらうことにより、陸前高田のことを
 ずっと思い出してもらえる。

というメリットがあり、もちろん、売り上げの一部は
復興活動に充当されます。

さっそく私も購入しました。デザインも素敵で、
とてもしっかりしたものです。
(注文したところで、本体未着。またアップしますね)

全国各地で様々な支援が行われていると思いますが、
何か身近なところからぞれぞれが様々な支援をしていけると
いいですね。

4月18日(水)プロジェクトスタート、
陸前高田市役所にてオープニングセレモニーも予定しているとのことです。


興味ある方は、HPをぜひご覧ください。
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by youyouhibiki | 2012-04-11 17:11 | 思う・考える | Comments(0)

面影とは

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練馬の古書店で買った一冊、『現代歌まくら』(小池光、五柳書院、1997)は、

  「地名、非地名を意識的に混じえて取り上げ、
  それぞれの語の現代短歌における比喩の輪郭のスケッチを試みた。」

という興味深い一冊。先日よりぽつぽつと読んでいます。

その中で「武蔵野」の項がおもしろかったので、引用します。

武蔵野の草はもろ向きかもかくも君がまにまに我(あ)は寄りにしを
                                  『万葉集』東歌

武蔵野は万葉集の時代から歌われた。その一首。
武蔵野の草はめいめい勝手な方向に向いているが、
その草のように、どのようにでも君の言うがままに頼ってきましたのに、
という歌意。
武蔵野はまだ人間を寄せつけない、荒涼とした北方の原野だ。

今日、なになにの面影が残る、というとき、もっともフィットする地名は
武蔵野をおいてない。
「武蔵野の面影が残る」というフレーズはほとんど定型化しており、
観光ガイドなどではかならずお目にかかる。

このフレーズが有名になったのは、やはり国木田独歩の『武蔵野』である。
「武蔵野のおもかげはいまわずかに入間郡に残れり」
というのがその書き出し。
明治30年ころ、もう武蔵野は面影だったわけだが、
実はこのくだりは独歩の言でなく
江戸期の観光地図からの引用である。
江戸時代から武蔵野は面影の場所だった。
いわば武蔵野は、武蔵野としてでなく、武蔵野の面影として
発見されたわけで、こういう土地はなかなかにめずらしい。
「武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。
……林と野とが斯くも能く入り乱れて、
生活と自然とがこの様に密接している処が何処にあるか」
と独歩は書く。
近代の都市文明と自然との、均整のとれた調和の理想を武蔵野に見出す。
すると「面影」は過去への郷愁ばかりでなく、
現代に直結する積極的な意味をもっている。(後略) 

…実はこのくだりは独歩の言でなく
江戸期の観光地図からの引用である。
江戸時代から武蔵野は面影の場所だった。
いわば武蔵野は、武蔵野としてでなく、
武蔵野の面影として発見されたわけで、
こういう土地はなかなかにめずらしい。

上の箇所で「ガ~ン」ときてしまいました。
武蔵野という自然と、そこに小さく住まう人間、という構図は、
人間の理想であり楽園であり、すでに失われた土地、だったのでしょうか、
それも近代よりもずっと以前から……。

このような設問は、あるいは自然環境論へ、歴史へ、宗教論へ、と発展もするでしょうが
今日はここまで。(ですが、確かに、その面影は「過去への郷愁ばかりでなく、
現代に直結する積極的な意味をもっている」のでしょう。。)

国木田独歩『武蔵野』は「日本名作文学朗読選」というサイトより朗読を無料で聞けますので、
武蔵野の面影と独歩の名文をご堪能ください、お時間あるときにでも。

書き出しはこうです(青空文庫)。読むにはちょっとハードですが、朗読で聞くと耳にやさしい:

「武蔵野の俤(おもかげ)は今わずかに入間(いるま)郡に残れり」と自分は
文政年間にできた地図で見たことがある。
そしてその地図に「入間郡小手指原久米川は古戦場なり太平記元弘三年五月十一日
源平小手指原にて戦うこと一日がうちに三十余たび日暮れは平家三里退きて
久米川に陣を取る明れば源氏久米川の陣へ押寄せると載せたるはこのあたりなるべし」
と書きこんであるのを読んだことがある。
自分は武蔵野の跡のわずかに残っている処とは
定めてこの古戦場あたりではあるまいかと思って、
一度行ってみるつもりでいてまだ行かないが
実際は今もやはりそのとおりであろうかと危ぶんでいる。
ともかく、画や歌でばかり想像している武蔵野をその俤ばかりでも見たいものとは
自分ばかりの願いではあるまい。
それほどの武蔵野が今ははたしていかがであるか、
自分は詳わしくこの問に答えて自分を満足させたいとの望みを起こしたことは
じつに一年前の事であって、今はますますこの望みが大きくなってきた。
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by youyouhibiki | 2010-08-26 00:08 | 思う・考える | Comments(2)

ちょっとだけ思うこと

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今からずーっとずーっとむかし、
京都で茶道関係の事務局に勤めていた頃の
事務局長のことを、何かにつけて思い出します。

その方は、局長になってそれほど経っていなかったですが、
仕事をただ命じるだけでなく、
我々職員の仕事の流れにも気を配る方でした。
たとえば各課で日報を書くことになっていたのですが、
仕事上ちょっと困ったことなどを書くと、
必ず「今後どうしたらいいか」という改善案を出してもらえたのです。

たとえばA課とB課で仕事の内容が一部重なり、
しかしその対処の仕方が微妙に違っていて、
A課B課の関係が微妙にギクシャクしたことがありました。
局長がA課B課の両方に話をきいて、
今後はどのように仕事を分担するかを決定。
それによって、A課B課の関係ももとにもどりました。

「事務局」といういわば非営利団体だったから
(営業とかノルマとかに関係なかったので)、
それは可能だったのかもしれませんが、
私がそこで学んだのは、
「問題を解決しようという努力をすれば
職場環境はよくなる」ということでした。

それから何年もたって、今度は何人かのスタッフに
仕事をお願いする立場になってからも、
必ず「問題を解決しようという努力をすれば
職場環境はよくなる」と信じてものごとに当たりました。
小さなな個人会社でしたが、ありがたいことに多くの方が
長く勤めてくれましたし、
出産などで辞めてからも少し経つと、「時間ができたので
またこちらで仕事させてほしい」と言ってくれた
スタッフが何人もいたのはとてもうれしいことでした。

今は仕事もスタッフを雇うのではなく対等の立場で連携して
やっていますので、
それももう昔のことなのですが、今にして思うのは、
私が事務局長さんに教わって、わずかながらでも実行したことを、
もしかして伝えれば、少しは役に立つのだろうかということ。
というのも、今の時代の人たち、前の時代からそいういうノウハウを
あまり受け継いでいないように思うからなのですが。。。

(でも、あとの人に伝えるといっても、私ごときがね。。。)


その事務局長さんは、私が東京に来てしばらくして、
亡くなられたそうです。
今の私よりお若かったと思います。
わずか2年に満たない期間でしたが
多くを学ばせていただいたことを
ずっとずっと感謝し続けています。
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by youyouhibiki | 2009-11-25 00:38 | 思う・考える | Comments(0)

しばらく短文が続きます

日々、いろいろなことがあってそれぞれをブログに書きたいのだけれど、
ちょっと忙しくて書ききれていません。
そんなわけで、当分短文になってしまうけど、
ちょっとずつ書いていきます。
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by youyouhibiki | 2009-10-12 11:17 | 思う・考える | Comments(0)

レース編み

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西友で、手芸コーナー改装のための半額セール、というのをやっていたので
木綿糸をいくつか買ってきました。
中学から高校1年くらいまで、すごくハマっていたレース編み。
ここ数十年、目が疲れるという理由でやっていなかったのですが、
編み始めるとなんだかすごく癒される。。。

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そこで思い出したのが、数ヶ月前にハマっていたマンダラ塗り絵です。
で、ふと思ったのだけど、レース編みとこれって似てる。
どちらも円で、模様がわりあい規則的。いろいろなパターンがあって。。。

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その癒しの気分がどこから来るのかは分からないし、
宗教的な意味はよく分かりませんが、
そう思ってまわりを見ると、
あれもマンダラ、これもマンダラ、たぶんマンダラ、きっとマンダラ。。。と
思えてきたりいたします。


一般にこころと思っているのは観念にすぎなかったり、
たんなる意味づけによって
その形をあれこれ言っているにすぎなかったりします。
こころとは、私たちの心理的なさまざまではなく、
存在の根柢にあるもののようです。
むしろ、私たちが無心になったとき、
私たちのいのちを包んでいる世界の全体性ともいうべきものでしょう。
                   前登志夫『林中鳥語』

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by youyouhibiki | 2009-05-29 18:21 | 思う・考える | Comments(2)

カメラ

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去年の4月30日に買ったカメラの接写モード切替ボタンが、
ちょっと接触悪くなって、修理に出してます。
1年保証内で、と思ってあわてて出したのですが、
実は5年保証に入っていました。
こんなにあわてて出す必要はなかったのか。。。orz

ぜっこうのカメラ日和が続きそうなGWも、どうやらカメラなしで
過ごすことになりそうです。
(もう一台、カメラが欲しくなったりしている。)

というわけで、携帯のカメラで撮ったりするんだけど、
4年くらい前に持っていた携帯のカメラが、ものすごく精度がよくって、
今のカメラはあまり満足していません。

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カラスを追いかけて、へっぴり腰でフェンスを前進する猫。
着くのを待ってカラスは屋根へ飛び移るという、
猫もカラスも遊んでいた昼下がり。
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by youyouhibiki | 2009-04-28 08:25 | 思う・考える | Comments(2)

何度も何度も読んでみる

今日は柄にもなく、経済みたいな話で、
『21世紀の国富論』(平凡社)を書かれた原丈人さんのことです。

平凡社のブログをときどき読んでいるので、
『21世紀の国富論』というタイトルだけは知ってました。
でも、タイトル読んで「あ、経済の本? はら・たけと って誰?」で、スルーしておりました。
そうしたら、またもや平凡社のブログで、この本の著者・原丈人(はら・じょうじ)なる人と
吉本隆明氏が糸井重里氏の企画で対談する、というお知らせがあり、
興味を惹かれました。

そこで、ほぼ日新聞の、原丈人さんと糸井さんとの対談を
読むようになるわけですが、第三部対談でのタイトル
「とんでもない原丈人さん。」からも分かるように、
ほんとうにとんでもない方でした。。。(^^;;

話は飛びますが、今回の世界的な株価下落、そして株価が下落したら
円が「まだほかよりまし」という理由で買われて円高になり、
そしてそれにより、小さな町工場の方たちは泣くことになったり。。。
もっと前だと、某IT関連会社の社長が株をああやったりこうやったりして
儲けようとしたり。。。
というニュースが出るたびに、「世の中、なんかおかしいような気がする」と
思っておりました。
が、経済や経営とはほど遠い生活なので、
「今の世の中はこんなものなのかなぁ。。。」
と、ため息つくぐらいが関の山でした。
(まあ、私には縁遠い話でもありますし。。。)

ところが、ほぼ日の原丈人さんの話を読むと、
「今の『企業は株主のもの』という考え方は違ってる」と
きっぱりおっしゃってます。
「じゃあ、これからは。。。??」という素朴な疑問が起こる訳ですが、
この方は、アメリカでIT産業で成功して、今はベンチャー企業に
出資したり経営したりする立場の方なのですが、
バングラデシュでテレビ電話で遠くにいても医療を受けられる会社をつくったり、
アフリカの飢餓をなくすために、高タンパク質のスピルリナという藻を育成するために
援助をしたりして、新しい経済を自分で実践しようとされているらしいのですね。。。

バングラデシュでテレビ電話で遠くにいても医療を受けられる会社、にしても、
どうして「会社」じゃなきゃダメなのか。
それは、ほぼ日新聞を読んでいただきたいのですが、
http://www.1101.com/hara/2007-11-22.html と
http://www.1101.com/hara/2007-11-23.html
に載っております。

先月末から、ほぼ日新聞と、
図書館で『21世紀の国富論』も借りてきて繰り返し繰り返し、
読んでいます。
どちらかというと、ほぼ日新聞の方が糸井さんの話の引き出し方も上手くて、
分かりやすいのですが、それは、原さんという、とんでもない人の原点や、
いったいどうして今の原さんがあるか、ということがよく分かるからです。
鉄道模型マニアのお父上と、学生時代に考古学をやろうとしてエクアドルへ
行ったこと、そういう「手作業」から発展している、ということ。。。

経済に疎い私がお薦めするのもナンですが、経済ばかりでなくいろいろな面で
ヒントを得ることができると思いますので、ご紹介いたしました。
(「どんな言語でも翻訳してくれるコンピュータ以上に便利な道具」など、
別のところでも反応。。。)

ほぼ日新聞 原丈人さんと糸井さんの対談:
第1部「原丈人さんと初対面~考古学から『21世紀の国富論』へ」
第2部「コンピュータ以上に便利な道具と新しい株式市場をつくるという話」
第3部「とんでもない、原丈人さん。次の時代のヒントは、この人のなかに?」

「吉本隆明プロジェクト。できるかぎりのことを、していきます。」
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by youyouhibiki | 2008-11-03 17:27 | 思う・考える | Comments(6)

堀田善衛とジブリの『定家と長明』

最近、旅行してないせいもあって、独り言が
「どっか行きた~い!」になってました。

そこで今日は遠出を敢行。
横浜近代文学館で開催中の
スタジオリブリが描く乱世。堀田善衛展
を観に、横浜まで行ってきました。
招待状くださったCさん、ありがとうございます。>感謝

作家・堀田善衞は、「広場の孤独」「漢奸」ほかの作品で1951年度下半期の芥川賞を受賞、
以後世界中の戦乱・争乱の渦中における人間を冷静にみつめ、
国家や宗教と人間の自由や自立をテーマとした多くの作品を発表しました。
神奈川近代文学館では、堀田とその御遺族から関連資料の寄贈を受け
「堀田善衞文庫」として保存しています。
本展は、「乱世」をキーワードとして2部構成で展開。
堀田の作品からさまざまな刺激を受けてきたスタジオジブリが
アニメーション映画化を試みるイメージ展示と、
原稿、書簡などによって作品の背景を紹介する文学展示で構成し、
その力強いメッセージを広い世代にアピールするものです。

◇会  期 2008年(平成20年)10月4日(土)~11月24日(月・振休)
       休館日は月曜日(10/13、11/3、11/24は開館)
◇開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)
◇会  場 神奈川近代文学館展示室


一部では堀田善衛の書いた本(詩・小説・論考など)や原稿、
書斎の再現、写真パネルなど。
堀田善衛の作品は、『定家明月記私抄』と『方丈記私記』しか
読んでいないので、多くの作品に圧倒されました。
少しずつ読んでいければと思うものばかり。。。

あと、映画『モスラ』の原作は『発光妖精とモスラ』と言い、
なんと 中村真一郎、福永武彦、堀田善衛の原作だということを
今回の展示で知ってびっくりしました。
(これは、みな知っていることなのでしょうか?)

二部では、堀田善衛ファンの宮崎駿とスタジオリブリが
(というのも、鈴木敏夫さんも宮崎さんからの流れで、堀田ファン
堀田作品とくに『定家明月記私抄』と『方丈記私記』を読み込んで描いた
『定家と長明』という映画のコンテが展示されています。
(映画そのものは、出来ていないし、今後つくられるかどうかも不明??
つくってほしいものですが!!)

定家や長明、後鳥羽院、藤原俊成らをどのようにとらえ、
描いているか(背格好や表情、何をどう話すかなども含めて)が
面白かったです。

帰りは文学館で売っていた『時代の風音』…堀田善衛、司馬遼太郎、宮崎駿の鼎談集、
1997年刊、朝日文庫…を読みながら帰ってきました。
ソ連崩壊後、あの頃、世界はこうだったんだなぁ。。。と思い出しながら
(でも、現代もその延長のたかだか20年)、
イスラムについて言及しているあたり、多少予言的でもあり、
株価暴落の現在を、堀田・司馬両氏が生きておられたら
どう言われるかと思いつつ、
乱世というのはいつの世にも起こるもので、
鴨長明さん、堀田さんはじめとして多くの人が乗り越えてきたものだしね。。。と
多少の心構え(?)も出来たりして。。。??
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by youyouhibiki | 2008-10-25 20:38 | 思う・考える | Comments(0)

須賀敦子の坂道

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「芸術新潮」10月号は「須賀敦子が愛したもの」という特集。

第1章は「坂道でたどる須賀敦子」。
シエナ、アッシジなどの坂道の写真と、須賀敦子さんの文章で構成された
素敵なページです。

  坂道を歩くと、人はなぜ哲学的になるのか?

よく分からないけれど、須賀敦子さんの文章と坂道は、
切っても切れない関係にあるようです。


そして、ここからが本題。
「芸術新潮」の37頁目に、須賀さんが慶応大学院在学中に
「カトリック学生連盟」の一員として活動しながら、
「神学への思いを深めていく」と書かれているのですが、
私は、須賀さんより時代はずっと遅く、70年代の
カトリック学生連盟(京都)に所属していました。

この団体は、戦後学生運動(=マルクス・レーニン主義)が盛んになる中、
信仰を持って生きるということはどういうことなのかを
真剣に考える学生たちの集まりでした。
須賀さんは、その活動の全盛期にこの団体(以下、学連)に
所属しておられたのです。

学連は、戦後、カトリックのみならず、宗教が弱体化していく中での信仰のあり方や、
形骸化しているカトリックを現代に蘇らせるにはどのようにすればいいのか、
という「あたらしい神学」を模索する集まりでした。
須賀さんは、「あたらしい神学」を日本で学んでから、フランス→イタリアへと留学。
そして、コルシア書店という、カトリック左派の拠点とも言うべき場所に
巡り会い、そこで活動しているイタリア人の友人と、わけても店主の
ペッピーノと出会い、やがて結婚されました。

須賀さんの本というと、
深い精神性と、それにふさわしい文体で書かれた
『ヴェネツィアの宿』『ユルスナールの靴』などが
まず思い浮かびます。
私が最初に読んだのも、そういった本でした。

でも、全集が文庫本になったのをきっかけに
第7巻の「どんぐりのたわごと」という、須賀さんが
ペッピーノと結婚する頃までに、日本の友人に宛ててイタリアから
発信されたミニコミ誌を読んで、須賀さんの「すごさ」を
改めて知ることができました。

「どんぐりのたわごと」は、1960年から61年にかけて全部で15冊出され、
そこで須賀さんは、ヨーロッパで書かれた神学論文の中でも、
日本人に読んでほしいと思われるものを、
コルシア書店の、とりわけペッピーノの意見を聴きながら選び、
翻訳し、手書き原稿を印刷して日本に発送しておられます。
また、詩も訳しておられます。
そしてそれらの論文と須賀さんの解説やコメントを読むと、
現代の、とりわけ日本で信仰を持つことについての考え方(の拠り所)を
深く考え、紹介しておられるその先見性に心打たれます。

例えば、「言葉」の問題。明治時代に翻訳された聖書の言葉や祈りが
現代の言葉としてそぐわなくなっていること。
西洋から伝来した宗教を持ちながら日本古来の信仰を尊ぶことについて。
労働について、多くの宗教と(あるいは宗教を持たない人と)
共存することについて。。。
教会のあり方についても、信徒のあり方についても言及されています。

その後、「あたらしい神学」はカトリック教会の第二バチカン公会議
(1962年~1965年)に多いに反映され、カトリック教会はずいぶん変わりました。
たとえば、ミサはラテン語から各国の言葉になったし、
中世以来変わらない服装だったシスターたちも、活動的な服装になりました。
なかには、ふつうの会社で働きながら修道生活を送る修道者も出てきました。
外観だけではなく、内面的にももちろん変わりました。

でも、須賀さんの「どんぐりのたわごと」は
この第二バチカン公会議直前までで(公会議がはじまったことで
それを成果と見ることもできたと思われる)、ペッピーノと結婚したこともあって
終刊となります。
その後、ペッピーノが亡くなり、帰国されて大学で教えられ、
そしてその著書が多くの人に読まれたのは、周知のことです。

須賀さんが「どんぐりのたわごと」や、全集第8巻の初期論文で書いておられるのは、
恐らく、愛を持って日々を新たに生きるということだと思います。
須賀さんの文章を読んでいると、その思いへの希求の激しさに
胸打たれます。
その一途で真摯な生き方が、今も
多くの読者の心をつかんでいるのではないかと思います。

「生きることが、大切なのだと思う。生きるとは、毎日のすべての瞬間を、
愛しつくしてゆくことである。それは『現世』に目をつぶって、この世を
素通りしてゆくことではない。愛するとは、人生のいとなみを通じて、
神の創造の仕事に参加することなのである。」

「キリスト教徒の召命を生きるということはすなわち、
神の御言葉を、すなわち、愛を、どのような逆境にあっても、
もちろん、どんな楽しい時にでも、本気で信じているものとして
生きることなのである。それは、だから、日常のあらゆる瞬間を、
心をこめて生きることにほかならない。」
                       (第8巻 エッセイ)

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by youyouhibiki | 2008-10-07 21:24 | 思う・考える | Comments(2)

36逆マス計算

最近、計算力(暗算)が落ちていると、とみに思うようになりました。
特に引き算が苦手です。

そこで本屋さんに行き、以前Kさんが薦めてくださった
カックロ」の本を買おうと思ったのですが、
ふと同じ棚にあった「36逆マス計算」を買うことに。。。

e0098256_18451186.jpg
     ↑これは引いていけばいいだけなんですが、

e0098256_18452356.jpg
     ↑これはちょっと難問ですぞ。
      (割り算のところには「余り」が入ります。)

こちらのサイトの問題2と問題12です。本にはもっと難しいのもあり。)


計算力がアップしたかどうかは分かりませんが、
やっていると熱く萌え。。。


もうすぐ一冊やり終えるので、今度は「カックロ」にしようか
「インド式計算」にチャレンジしようか。。。と思っています。


※ところで、やっているうちに思い出したのですが、
 私、小学校の頃から計算がものすご~く苦手でした。

※一緒にお食事しても私に割り勘の計算させないでね。
 (二人ならいいけど、三人以上のときは特によろしくお願いします。)
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by youyouhibiki | 2008-09-21 18:46 | 思う・考える | Comments(0)


本のこと、詩歌のこと、美術展のこと、and so on...


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