カテゴリ: 花遍路 豊島八十八箇所( 33 )

日曜日のお寺

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書道の先生が池袋から板橋にお引っ越しされて、
3月からはそちらに通っています。

もしかしてこの近く? と思い、
以前訪ねた日曜寺(板橋区大和町)を地図で見たら、
歩いて7分くらいと分かり、さっそく行ってみました。
すると、ちょうど梅が満開。
こちらはお寺の門の前に、きれいに選定された梅が9本、
中庭にはさらに多くの梅が…。
一重の紅白梅、豊後梅、八重、枝垂れ梅…と、
楽しむことが出来ました。
豊島八十八箇所は、一度満願になってからも楽しめますね。
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by youyouhibiki | 2013-03-11 09:29 |  花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(0)

八十八番目

2009年3月に始めた「花遍路」、
去年の秋に最後までまわれなくて、
今年はぜひ満願に…と思っておりました。

今日はゴールデンウィークにしてまたとない
巡礼日和。
自転車でまずは東中野から新宿方向へ。
  
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8番 医光山 円照寺 新宿区 北新宿3-23-7
4番 延命山 光徳寺 新宿区 上落合1-23-4

長谷寺系のお寺は牡丹が美しいです。

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お掃除直前のところを写させていただきました。

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途中道に迷ったあたり(^^)。
所用でこのあと神田川沿いに江戸川橋へ。
新緑のオゾンシャワーを浴びました。

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そして池袋から明治通りを王子へ、そして
西福寺、清光寺へ
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67番 三縁山 西福寺 北区豊島2-14-1


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79番 医王山 清光寺 北区 豊島7-31-7

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おたまじゃくしを見守る?カエルのお母さん(推定)。

そしてそれから荒川へ。思えば遠くに来たものだ。
お遍路しなかったら、きっと知らないところばかり。

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お遍路終えて、次はどこへ行こうかな…。

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それにしてもここは気持ちいいな…。
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by youyouhibiki | 2012-04-28 20:55 |  花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(0)

12番・43番・53番・59番・47番

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体育の日の一昨日、北区滝野川近辺のお寺をまわりました。
二年前の3月にはじめた豊島辺路88箇所の旅も、
そろそろ終盤近くなりました。
今回まわったお寺が下記の通りで、
残すは北区豊島近くの2寺と、新宿近くの2寺のみです。
(まわったけどブログに載せていないお寺もあります)

12番 南照山 観音院 寿徳寺 北区滝野川4-22-2

43番 滝河山 松橋院 金剛寺 北区滝野川3-88-17

53番 明王山 不動院 北区西ヶ原3-23-2

59番 仏法山 西光院 無量寺 北区西ヶ原1-34-8

47番 平塚山 案烙院 城官寺 北区上中里1-42-8

上のイチョウは、12番寿徳寺のもの。
そのむかし、皮をご飯に炊き込んで食べると母乳が出ると言われていたためか、
皮が削られています。
このお寺には近藤勇のお墓もありました。

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自転車でまわりながら、秋を満喫。
終るのが惜しいような嬉しいような…。

写真はこちらにも載せています。
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by youyouhibiki | 2011-10-12 09:10 | 花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(0)

狐と鶴

一昨日はお天気が少し心配でしたが、いつもより早め(午前10時半)に出て
北区から荒川区の88箇所をまわりました。
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我が家から環七に入り、十条付近で右に。
王子の金輪寺は、王子稲荷神社が左側、名主の滝公園が右側にあり、
つまりそこは小高い山みたいになっています。
(55番 王子山 金輪寺 北区 岸町1-12-22 )

王子の、この近くの榎に大晦日になると狐が集まり、
装束を調えて王子稲荷神社に初詣をした、という伝説があり、
今はもう榎はありませんが、毎年大晦日になると、
狐に仮装した大人や子どもの行列があります。
これは、平成になってから出来たお祭りだそうですが、、
年々参加者も増えてとても楽しそうです。
youtube動画

そのあと、
75番 金輪寺境外仏堂 北区 王子本町1-5-17 経由で
あらかわ遊園地の隣にある
57番 白王山 福性寺 北区 堀船3-10-16  へお参り。
遊園地の賑やかな声が聞こえてきます。
荒川はすぐ近くなのに、見えないもどかしさ。
そうだ、荒川 行こう!

予定より少し遠回りでしたがそこは自転車の気楽さで、ちょっと寄り道。
いいなぁ、川は…。小さな花、ススキ、犬と散歩する人…。
我が家近くでは外来種のオオマツムシが幅をきかせているのですが、
聞こえてくるのはやさしい虫の声…。

このあと、ふたたび戻って

44番 舩方山 地蔵院 延命寺 北区 堀船4-10-12
20番 金光山 宝珠院 地蔵寺 霊雲寺 荒川区 西尾久3-10-6
68番 金亀山 地正寺 宝蔵院 荒川区 西尾久3-16-19
54番 大悲山 観音寺 華蔵院 荒川区 東尾久8-46
63番 阿遮羅山 蓮華寺 阿遮院 荒川区 東尾久3-6-25
65番 慈眼寺 荒川区 町屋2-20-12
83番 瑞光山 如意寺 密厳院 荒川区 荒川4-16-3
6番  観音寺 荒川区 荒川4-5-1
と、まわりました。
お寺とお寺の間隔がそれほどでもないので、自転車だと特に多くまわれました。

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一番さいごに行った観音寺に、このような看板がありました。
鶴がこの地にいたなんて…。
餌付けしていたなんて…。
 
狐がいて鶴がいて、「別天地」とはまさにこのこと?

などと思いながら、帰路につきました。

 

道中写真はこちらにアップいたしました→
EAST OF THE SUN AND WEST OF THE MOON  9月19日豊島88箇所道中
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by youyouhibiki | 2011-09-21 20:39 | 花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(0)

17番長命寺・46番教学院

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急に涼しくなった昨日、自転車を走らせて大泉学園の方に行きました。
17番長命寺は、たいへん大きなお寺で、江戸時代から参拝者が多かったそうです。
入って左には、このような奥の院があり、「東高野」として霊場になっています。

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天保4年の仏さま。掌(たなごころ)が厚くてゆったりしたお顔。
帰って調べましたら、あの有名な天保の飢饉は、この年(=1833)に始まり、
天保10年まで続いたそうです。
良寛さんが亡くなったのが天保2年、鼠小僧次郎吉が処刑されたのが3年、
天保8年ヴィクトリア女王即位、モリソン号事件、モールス有線電信機を発明…、などなど。
明治維新ももうすぐの頃の仏さまなのですね…。

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そしてこちらは「姿見の井」。この井戸に顔を映すと長生きするとか…。

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姿見の井の横の石碑。文字の感じからして江戸時代に建てられたと思うのですが、
石の切り出し具合と文字の按配がいいなぁ。

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実は入ったのが東門という小さい門でしたので、
正面の南大門に近づいてみました。すると、門の前後左右にいらっしゃる四天王、目がぱっちり。
写真は多聞天なのですが、どこか鉄人28号に通じるものが……。w
17世紀後半の作だそうです。

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可愛らしい菩提樹の実。このあと、大泉学園から東の方にある46番教学院をお参りし、
帰りは高野台から石神井川沿いに帰ってきました。
雨が降らなくてよかったです。やっぱり自転車はいいなぁ…。
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by youyouhibiki | 2011-08-21 12:04 | 花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(0)

板橋は宿場町(18番・71番・88番・49番・82番)

18番、71番、88番は中山道沿いのお寺です。
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これが地名のもとになった「板橋」。

近くの
18幡場山 大聖寺  文殊院 板橋区 仲宿28-5
には、延命地蔵さま。足腰にご利益があるとか…。↓
また墓地には遊女の墓もあるそうです。
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どんどん賑やかになる商店街を通っていくと、
71成田山 遍照寺 板橋区 仲宿40-7
が、路地の奥にあります。↓
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門構えもない小さなお寺です。ですがなんでも、
この路地の辺りはその昔、馬つなぎ場として使われていたのだそう。↓
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途中に馬頭観音と馬の碑がありました。
写真ですと読みにくいですが、右の碑には「鹿毛馬 瀬川」と書かれています。
馬主さんがきっととても愛した馬だったのでしょうね。
(「遠野物語」の、馬を恋する娘の話もそうですが、
日本人の生活の中での馬のこと、もっと知ってみたいと思います。
馬の名前にも興味があります。
先日、宮中から伊勢神宮に贈られた神馬の名前が「空勇号」。
「草音(くさおと)」という名前の神馬もいるそうです。素敵な名前…。
平家物語には「薄墨」という馬にまつわる話が出ていましたね。)
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それにしても街道と言えば旅。だから馬と遊女なのかぁ…。
人々の営みと道の持つ切なさを、思いがけず垣間見たような気がいたしました。

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88如意山 観明寺 板橋区 板橋3-25-1 ↑
出世不動さまがいらっしゃいます。
出世ご希望の方はぜひお参りくださいませ。
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18幡場山 大聖寺  文殊院 板橋区 仲宿28-5 ↑
こちらは、熊野長交差点近いお寺。
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宝塔のまわりに蓮の葉が揺れています。
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「無縁一切精霊」、よい言葉をひとつ、覚えさせていただきました…。


時間なくて通り過ぎただけのお寺はこちら。
82医王山 薬円寺  西光院 板橋区 南町31-1
とても美しいお寺でしたので、改めて伺いたいと思っています。
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by youyouhibiki | 2011-08-05 22:25 | 花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(0)

64番・60番・25番・22番・86番・14番・34番

板橋にある印刷所に行く前、だいぶ時間があったので、
板橋区の方を廻ろうと思いました。

主に志村の方なのですが、以前長男が通っていた都立高校があったため、
よく呼び出されて(!)行ったという、ちょっとダークな記憶のある辺りです。
そんなわけで、というわけではなく、かなりアップダウンがきついことを知っていたため、
ついついお参りが延び延びになっていました。

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        64番 双林山 月輪院  延命寺 板橋区 中台3-22-18
        高台からの眺めが気持ちよさそう。
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        60番 医王山 蓮華寺 板橋区 蓮根1-10-15
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        明和2(1765」)年からずっとにこやかに微笑んでいらっしゃる仏さま。
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        お寺の名前の通り、蓮の花が美しい…。

        このあと、志村城(小山になっている)の横を通るわけですが、
        時間がなくて通過のみ。ちょっと残念。
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        25番 熊野山 法界寺 常楽院 板橋区 前野町4-20-8
        お寺の壁にこのような言葉が…。なるほどなぁ…。
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         大きなお寺です。     
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        手にお持ちなのはおそらく宝珠なのでしょうけど、お、おにぎり……??
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       22番 見次山 松寿院 延命寺  板橋区 志村1-21-12
       池の上にある小山にお寺はあります。すでに秋の気配ですね…。
       86番 薬王山 東光寺 龍福寺 板橋区 小豆沢4-16-3
       14番 挙一山 遍照院 長徳寺 板橋区 大原町40-7
       34番 宝勝山 南蔵院 板橋区 蓮沼48-8
       こちらは時間がなくなり、お参りだけさせていただきました。
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by youyouhibiki | 2011-07-26 22:45 | 花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(0)

道の記憶 旧・下練馬村付近

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連休中日の昨日、自転車で旧下練馬村か赤塚方面へ行ってきました。
時間は2時過ぎだったでしょうか。

「練馬区 文化財あんない」という、練馬区教育委員会文化財係が発行している
無料地図を見て、まずはお遍路の前に千川にゆかりある千川家のお墓(B)に
行こうと思い立ったのですが、その前に立ち寄ったのが「下練馬の大山道道漂」(A)。
今は環八の一部になっている「ふじ大山道」の出発点がこちらです。

  富士山への参詣者も通ったため「ふじ大山道」と呼ばれ、それが明治期に入って
  「富士街道」の名で呼ばれるようになったものである。
  東京都練馬区北町1丁目の旧川越街道とふじ大山道の分岐点に、
  1753年(宝暦3年)下練馬村講中により「ふじ大山道 田なしへ
  三里 府中江 五里」と陰刻された道標が建立されており、
  練馬区指定文化財となっている。東京都道311号環状八号線・
  東京都道441号池袋谷原線・東京都道8号千代田練馬田無線・
  東京都道12号調布田無線・東京都道・神奈川県道19号町田調布線・
  神奈川県道・東京都道57号相模原大蔵町線などが近似したルートを辿っている。
                               wikipedia ふじ大山道


そしてここから旧・川越街道に入ると、長くてゆったりした商店街が
ずっとずっと続きます。旧・川越街道です。

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私、ずっとこの街道筋(池袋本町)に住んでいたので、懐かしい。
いや、それだけでなく、時間の流れはもっと前の時代に戻っていくようです。

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さて、街道から少し南に入ったところに、千川家の菩提寺があるようなのですが、
うっかりさらに南下。
少し先の田柄川緑道まで下りてしまいました。
地図を広げていると、おじいさんが
  「どこ行くの?」
  「このあたりに千川家のお墓、ありますか?」
  「千川家?」
  「あの、千川をつくったという…。」
  「ここは千川じゃないよ。千川はずっとあっち。ここは田柄川」
それからおじいさんが、
  「ここは川だったの。……ドブ川。……水が上がってねぇ……」
  「そうだったのですか。たいへんでした?」
  「ああ、たいへんだった。ひどかったよ…。」

今は暗渠となり、「田柄川緑道」となっています。
何キロにもわたっていますので、一度、川の記憶を辿って歩いてみたいものです。

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さて、千川家のお墓です。

  千川上水は、本郷、下谷、浅草方面の飲料水として元禄9年(1696年)に
  玉川上水から分水された水道です。設計者は河村瑞軒(1617年~1699年)と
  伝えられ、仙川村出身と伝えられる徳兵衛、太兵衛の2人が
  工事を請け負いました。
  分水口から巣鴨までの費用は、1千340両余りを要し、
  幕府が支出したのはこのうち860両余りに過ぎませんでした。
  そのため、2人は私費を投じて工事を成し遂げました。
  徳兵衛、太兵衛両人は、その功によって、千川の姓と帯刀を許され、
  その子孫は代々千川上水の取締役を務めました。
  この千川家は、3代源蔵の時に下練馬村(現在の北町2丁目)に
  移り住みました。阿弥陀堂墓地内には、3代源蔵(明和4年没)、
  4代善蔵(天保5年没)、5代仙輔(天保8年没)、6代民蔵(天保11年没)、
  7代右保(明治27年没)などの墓石が建っています。
                        練馬区ホームページより

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このあと、東武練馬北の、豊島88箇所第35番安楽寺へ行きます。
お寺前の区の案内板によると、このあたりも昔の道のままであるらしく、
そこを辿っていくと、「旧粕谷家(東の隠居)住宅」に出ました。
板橋区でも2軒しか残っていないという萱葺屋根の旧家。
屋根のあたりに虫がいっぱい飛んでいたのも、
私の子ども時代を思い出させてくれました。

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ところでこのあたりはやたらとアップダウンが多い上に、
縄文人が喜びそうな見晴らしのよい高台があったりします。
美術館、植物園、昆虫館、東京大仏はじめ多くのお寺…が続き、神秘的な森の雰囲気、
というのもそのはず、昔は赤塚城というお城があったとか…。
このあたりもゆっくり一日かけて歩きたいものです。
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そのあと84番成田山不動大教会、23番泉福寺、51番清涼寺、77番清蓮寺をまわり、
帰りは下赤塚から「埼玉道」を通って帰りました。
この道も、現在は一方通行となっている比較的細い道ですが、
旧街道らしい味のある道でした。
家に帰って時計を見ると、6時半。
ほとんどずっと自転車に乗っていたので、船に乗った人みたいに
「地に足がつかない」状態になったのは、今回がはじめてでした。

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※連休の一日、久しぶりのブログ、「やっぱり道が分かったようがいいよね」と思い立ち、
 直線ラインでトレースしました。(ほんとのこというと、トレースが組版やっていて一番苦手:P)
 参考にしたのは「練馬区 文化財あんない」です。東武東上線あたりから板橋区になるので、
 その上は書いていません。
 桜台から東武練馬までは直線距離で3.5キロ弱です。

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by youyouhibiki | 2011-05-05 12:05 | 花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(0)

枝垂れ梅

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昨日の雪とはうってかわり、比較的のどかなお天気だったので、
椎名町の金剛院さんへ寄ってみました。

思い起こせば一昨年の春、木蓮が咲く頃にこちらのお寺に行き、
豊島八十八箇所をまわろうと思ったのでした。

そのブログを今、見てみますと、46箇所くらいですから半分をちょうど超えたところです。
今年は、もう少し暖かくなったら、板橋方向から行ってみたいと思っています。

木蓮のつぼみはまだ堅かったのですが、
枝垂れ梅が咲いていました。

家に帰ると、次男が(何とか)進級したという報告を受けました。やれやれ。

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by youyouhibiki | 2011-03-08 20:41 | 花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(0)

最近読んだ本 その2(豊島遍路 番外編)

去年の夏は暑かった。その暑くて暑くてやりきれないある昼下がりに、
東村山市にある「国立ハンセン病資料館」に行ってきました。

いつも私が利用している西武池袋線の車両広告にちょうどその頃、
着物にみる療養所のくらし」展の案内があったからですが、
資料館の入り口に、お遍路姿の親子像があって、
「ああ、そうか…。」と思いました。

松本清張の『砂の器』を読んだ方なら、その昔、多くのハンセン病患者の方が、
四国でお遍路をして何とか生き延びてこられたという歴史をご存知かもしれませんが、
私は、『砂の器』は読んだことがなく、映画も予告編をちらっと見ただけだったので、
豊島遍路を回って「救らいの碑」という石碑を見ても、
ハンセン病とお遍路の関係が分からなかったのでした。
ですが資料館へ行こうと思ったことの一つに、
「救らいの碑」を見たことも、確かにあったように思います。

そして、ハンセン病資料館(冷房が効いていた!)に足を踏み入れたのですが……

明治時代から現在までの、ハンセン病のこと、国立療養所のことを
自分があまりにも知らなかったことに愕然としました。

その内容についてはとても多岐に亘ります。
特に明治時代、療養所が出来たときに、主に警察関係者が所長になり
「刑務所より一等級(だけ)上」の施設を作ろうとしたこと。
そのため、監禁や体罰、逃亡を防ぐためのおそろいの縞の着物、
軽度の患者はそれらの仕立物ほか生活周りのことは何でもやらされ、
また、重病者の看護もしたこと、
中で使う別の通貨があり、脱走しようとしても患者には
外で通用するお金がなかったこと、
夫婦で入居した場合は、数組が狭い相部屋であったこと、などなど、
劣悪な状況は、とても書きつくせるものではありません。
(もし機会がありましたら、ハンセン病資料館をぜひお訪ねください。)


最近になって、以下の本を読みました。

闇を光に―ハンセン病を生きて 近藤 宏一【著】 みすず書房
  昭和元年に生まれ、小学生のときにお母さんからうつってハンセン病に。
  小学生で、お母さんのご自分の病気平癒を祈願して、四国のお遍路を
  まわられたことを書いていらっしゃいます。
  薬の副作用で目が不自由になり、その後、ハーモニカバンドを結成。
  点字を舌先で読むという、文字通り「血が滲む」努力をされ、
  神谷美恵子が大きな示唆を受けたとされる方。
  最初、ウェブ上で本のタイトルを見つけ、その後、検索しようとして、
  なかなか見つからなかった本です。というのも
  「闇から光へ」と覚えてしまっていたからです。
  ですが、この方の人生、「闇から光へ」なんて生易しいものではない。
  まさに「闇を光に」という生涯だったと思いました。
  2009年に亡くなられました。ハンセン病の患者さんのほとんどがそうであったように
  近藤宏一さんというお名前も悲しいことにご本名ではないのだそうです。

門は開かれて―らい医の悲願 四十年の道 犀川 一夫【著】 みすず書房
  古本屋さんで見つけました。1988年発行の本です。
  ハンセン病治療に一生をささげた医師の自伝です。
  ハンセン病は、隔離しなくてもよい、という考えのもと、
  日本ばかりでなくインドその他、外国へも行かれました。
  ハンセン病の歴史を知ると、医者によって考え方が違い、
  それが大きな影響力を持ってハンセン病患者の方々を不必要に長く隔離することと
  なったことを知ります。

差別とハンセン病―「柊の垣根」は今も 畑谷 史代【著】 平凡社
  新聞記者が、ハンセン病の方に出会い、書かれた本(最初は新聞連載)。

  「柊(ヒイラギ)の垣根」とは、全生園の前にあったという、
  高さ3メートルもある垣根のことで、その垣根によって中と外は隔絶され、
  また容易に逃げられなくなっていたそうです。
  現在も、垣根は、うんと低くなって残されています。

  「柊の垣根」に象徴される「差別」、ですが、それを乗り越えてこられた方々によって、
  全生園には何十本、何百本の桜が植えられました。
  今ではたいへんな大木となって、私が行った夏は木陰をつくっていました。
  その桜を見るために、地元の方々も今はよく来られるそうです。
  今年の春は、私もぜひ再び行ってみたいと思っています。

  この本では、どうしてらい予防法の廃止が遅れたかについても
  書かれています。
  上記、医師の考えもそうですが、厚生省が「隔離しているから予算が下りる」
  「隔離しなければ予算はどうなる」というところで思考停止になり、
  旧来の法律のまま予算を通していたこと…。
  また、たとえばキリスト教徒、仏教徒が伝道のために入ってきたのだが、
  「宗教的慰安」つまり「諦めの境地」へと導こうとした、という厳しい指摘がありました。
  いわく、「人権侵害に覆いをした」、と。

わたしを離さないで カズオ・イシグロ 早川epi文庫
  資料館で知りました。病気の子どもたちが多かったので仮設の学校が作られ、
  最初は中の大人の患者が教え、のちには正規の教師が教えたのだそうです。
  子どもたちの作文も、展示されていたのですが、それらを読むときにふいに
  この本のことを思い出しました。
  「わたしを離さないで」は、ある特別な目的のための学校で育てられた
  若者たちを描いた近未来小説ですが、
  静かでありながら残酷な物語が、急にダブって見えたのでした。
  映画が上映されることもあり、新たな目でこの小説を再読したいと思っています。

  
桜並木を奥の方へ行くと、人影が動きました。
高齢の方が回復された今もお住まいになっていると聞きます。
そのまま道なりにぐるっとまわると、納骨堂がありました。

手を合わせていると大きな黒揚羽が、
重たそうな羽を動かしながら、
ゆっくりと私の目の前を横切っていきました。
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by youyouhibiki | 2011-02-22 00:08 | 花遍路 豊島八十八箇所 | Comments(5)


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