カテゴリ:子ども時代( 3 )

祇園祭の思い出

京都市中京区御幸町(ごこうまち)御池下ル、という京都の街の真ん中で育ちましたが、小学校から高校までは学校があるために鉾の巡行は見られず、祇園祭についての思い出は、幼稚園の時のものが残ったままになっています。

私は京都で生まれたものの4歳まで東京に住み、それから京都に戻って幼稚園に通いました。ですから、最初に家の人に「今日は祇園祭だから、鉾が通るよ…」と言われたときも、鉾が何だかよく分かっていませんでした。

御池通りに祖母と一緒に出ると、そこは人で埋め尽くされていました。
小さな私は、人混みに入ると押しつぶされそうです。
やがて、遠くからお囃子の音や人の声が聞こえてきます。
あの「コンコンチキチン」という鉦の音、太鼓に笛、そして「ソーレ」というかけ声……。

目の前を鉾が通り過ぎていきます。なんて大きな鉾でしょう。
実際、子どものときに見た鉾の大きさといったらほかにありませんでした。はじめて聴くお囃子も楽しくて楽しくて……。
祖母が、長刀鉾、月鉾など、通るたびに説明してくれます。その名の通りの飾りが鉾のてっぺんに付いているので、次にどんな鉾が来るかわくわくします。

やがて祖母が、曲がるところを見に行こう、と言いました。河原町御池まで歩いていくと、四条の方から来た鉾が停まっています。
鉾の前に竹を何本も敷いて、水をかけます。
鉾の車輪には綱が付けられます。
お囃子の曲調も変わってきて、「何かが起こるぞ」という感じです。

  「曲がらはるえ。」 「曲がらはるえ……。」

周りの人が言います。
すると、鉾の先頭外側に立っているふたりが、扇の振りとともに

  「エンヤラヤー!」
  「ソーレ!」

とかけ声をかけます。
竹を操る人、綱を引っ張る人、車輪を押す人……。
あうんの呼吸とともに、鉾が動きます。
ふつうの車のように車輪だけが動くのではなく、鉾全体が角度を変えるので、壮大です。

これを何回か繰りかえして、鉾は90度曲がりました。
曲がるたびにみんなほっとして、思わず歓声を上げ、拍手します。

子どもの私にはどうやって動いたのか、不思議でたまらないのですが、鉾は何事もなかったような穏やかなお囃子になり、御池通りを進んでいきました……。

私は、これに夢中になりました。賑やかで楽しくてスリリングで……。
そのあと続く山、鉾を暑い中、ずうっと見ていました。


明くる年もまた祇園祭がやってきました。
もうあのお囃子は頭の中にしっかりインプットされ、数日前から「コンコンチキチン、コンチキチン」と歌いながらの毎日です。

そして巡行当日、河原町御池で去年と同様、曲がるとこ(辻回し)を見ると、最後尾の船鉾と一緒に家の方に戻りました。
その名の通り、船の形をしてたこの鉾には、お向かいのホリさんのご主人も囃子方で乗ってられるのです。

鉾が停まると、粽(ちまき)が投げられます。粽をもらうと、一年中無病息災ということなので、投げられるとみんな奪い合いです。

祖母が「ホリさ~ん! ホリさ~ん!」と言って手を振ると、ホリさん、気づかれて祖母の方に粽を投げてくださいました。
でも、背の高い人、飛び上がる人に粽は持っていかれてしまいます。

  「これは取れへんわぁ……。」

と思ったその瞬間、私の横にいた祖母がパッと飛び上がり、ハッシと粽を掴んでいました。
亡くなるまで着物で通した祖母の一世一代の大跳躍! 
これには心底びっくりしました。

さて、家に帰って「早く粽を食べようよ」と催促するのですが、祖母に「これは違うの!」と言われ、粽は神棚に祀られてしまいます。

  「いつお下がりを貰えるんやろ……。」

でも、いつまで経っても、お下がりはありませんでした。お菓子ではない粽は、一年間厄よけとして玄関の軒先に飾られたあと、普通でしたら神社に持っていって焼いていただくのですが、祖母もこの勝利品を手放す気にならなかったのでしょう、その後もずっと、家の床の間に飾られていました……。

祇園祭が終わってしばらくすると、夏休みが始まります。
当時はクーラーもなくて、京都の夏は暑いのですが、祇園祭、大文字、地蔵盆……。いろんなハレの行事があって、楽しい思い出がいっぱい詰まっています。

もしかしたら祭りは、暑い夏を乗り切るための、町の大きな仕掛けだったのかもしれません。

* * *

今年は早々に山鉾巡行(御池通り)という動画を見て胸が熱くなってしまいました。
こちらで辻回しが詳しく見られます。





写真はこちら↓から、上は曲がる途中の鉾、下は船鉾
http://www.kyokanko.or.jp/3dai/gion.html
なお、現在は安全面から粽は鉾から投げられないそうです。

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by youyouhibiki | 2008-06-29 13:53 | 子ども時代 | Comments(0)

ブログ名を変えてみる。

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「and so on...」というブログ名を、ふと思いついて変えることにしました。

『太陽の東 月の西』

カイ・ニールセンの絵でもおなじみ、北欧民話の題名です。

見知らぬ人と結婚した娘は、夫の姿を見ようとするけれど、
見た瞬間、夫はいなくなってしまいます。
『太陽の東 月の西』にいるという、夫が残した言葉を頼りに、
娘は旅に出ます。ほんとうの花嫁になるために。。。

このような物語は、世界中でいろんなかたちで見られるようですが、
今日のように寒い日は、この物語を思い出してしまいます。

こちらのサイトにストーリーと絵が紹介されていました。
http://pinkchiffon.web.infoseek.co.jp/nielsen.htm

私がむかし読んだのは、岩波少年文庫。
図書館で何度も借りて読みましたっけ。。。

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※1月21日にもとの「and so on...」に戻しました。
 地味目でいきます。w
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by youyouhibiki | 2008-01-12 19:48 | 子ども時代 | Comments(0)

よもぎ餅

イヌノフグリと一緒に摘んできた草を見て、祖母が
「あら、よもぎが生えてるのね。いっぱいあればよもぎ餅が作れるわ。」
と言った。

「えっ! この葉っぱ、食べられるの!?」

次に賀茂川に行くときは、祖母も一緒で、
よもぎ餅を入れる買い物かごも持っていった。

犬の散歩しそうなところは避けて、
傾斜のある土手でかごいっぱいのよもぎを摘むと、
家に帰ってまず水洗い。

それから茹でて、細かく切って、すり鉢で摺った。
「これくらい?」と聞くと
「もっともっと!」と言われる。
飽きてもまだ足りなくて、そのうち「もういいかしらね」ということになり

……それからどうしたのかよく思い出せない。

蒸し器で蒸すと、京町家独特の広くてひんやりした台所は、
湯気で暖かくなった。
いい匂いが台所にこもり、待ちきれない私。

……やがて蒸し上がったよもぎ餅を食べた。
あれだけよく摺ったはずだったのに、よもぎがちょっと口に残った。
だが、残念ながら味はよく覚えていない。

重労働がこたえたのか、
それ以後、家でよもぎ餅をつくろうとは、言わなかった。
いったいどんな味だったのだろう?
機会があればぜひ食べてみたいものの一つである。
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by youyouhibiki | 2007-03-23 10:55 | 子ども時代 | Comments(0)


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