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「こと葉の自由」(『かしこ 一葉』)

「こと葉の自由」(『かしこ 一葉』)_e0098256_1462745.jpg


『かしこ 一葉』(森まゆみ 筑摩書房)、池袋西武でやっている古本まつりで買い、
さっそく読んでいます。

この本は、「『通俗書簡文』を読む」という副題がある通り、
樋口一葉が稿料を得るために書き、その後大正年間まで40刷以上も版を重ねた
手紙の見本集『通俗書簡文』を紹介しているのですが、
それだけではなく一葉さんについて、当時の風俗について、
また谷中や本郷周辺の地理的なことも交えて書かれています。

そしてまず私は、序文にガツンときました。
「序」のはじめに一葉さんの書いた言葉が載っています。
手がみの文は さのみことごと敷(く)ことゑらびせんより
たれにもわ(分)きやすく すなほなる詞(ことば)もて
思ふこころを さながらいひあらはさるるやう
書(き)ならひたらば 其(の)ほかにことなかるべし
こと葉の自由を得たらましかば
いはんとおもうふは我が心なれば
おのづからのたくみはもとめずしてとりいでらるべくや
さやれば此(の)文ただ初まなびが友にと斗(とつ)ゑらびて
夕月よたどたど敷(く)みちのしるべにもなどいふにはあらずかし  夏子しるす

  手紙を書こうと思ったら、
  あまり肩に力を入れておおげさな言葉を選ぶより、
  わかりやすく、すなおなことばで、
  思うところをそのまま自由に現したらよいのです、それに尽きます。
  言葉を自由に使うことさえできれば、
  言いたいと思うのは自分の気持ちなのだから、
  とくに技巧に凝らなくても、そのまま自然に言葉が出てきます…。 

著者の森さんによると、「自由」という言葉はそれまでもあったが、
明治5年、中村正直が「オン・リバティを「自由之理」として翻訳出版、
自由民権運動の高まりと共に普及し流行したと言う。
『通俗書簡文』が発刊されたのが明治29年5月。
一葉さんはその年の11月23日に亡くなってしまうのだが、
本にあるとおり「その漢語を、うら若い女性の一葉がここで用いているのが興味深い」。

本の構成は新年に始まり、春夏秋冬折につけての手紙、
それに雑の部では「依頼の文」「忠告の文」「あやまりの文」など、
さまざまなシチュエーションが設定され、手紙例文が書かれている。
手紙の冒頭にはまず時候の挨拶を欠かすべからず、
必ず四季折々の挨拶で始まっているのだが、それがえも言えず雅で美しい。

たとえば、「蚕豆(そらまめ)を人におくる」手紙:
田舎人(いなかびと)に成り候てより都の手ぶりいつとなく忘れゆき
花よ蝶よといふ春をも麦生(むぎう)の青きに慰めて過ぎ候
ひきまして此の頃の若葉の陰に初郭公(ほととぎす)いかにとも言はで
此あたりの人々が早稲田の植えつけいつよりなどと言い合へるを
待ちよろこび居り候

「朝顔見に誘ふ文」とその返事、
「草花に添へて人のもとに」とその返事、
「猫の子をもらひにやる文」とその返事、
「盗難見舞いの文」とその返事、などなど
たいていのものが手紙の主と、その返信で構成されているので、
まるで一幕のコントを次々に見ているようでもある。

というわけで、あれやこれや二重にも三重にも楽しめる一冊。
私の筆不精がこの本で解決されるとは思えないけれど、
「手紙っていいな」と確実に思っています。

それから、森さんも書いているように、一葉の手紙は筆に巻紙、候文、
作家としても万年筆ではなく筆で書いた最後の世代…。

若い頃から一葉を読み、「谷根千」発行で血と肉になっている土地のことなど
さまざまな面から一葉を紹介しておられる森さんの本を読んで、
「ひとりの作者とお付き合いするってこういうことなのね」と深く深く思いました。
by youyouhibiki | 2010-02-14 00:54 |  酉の市/樋口一葉


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