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面影とは

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練馬の古書店で買った一冊、『現代歌まくら』(小池光、五柳書院、1997)は、

  「地名、非地名を意識的に混じえて取り上げ、
  それぞれの語の現代短歌における比喩の輪郭のスケッチを試みた。」

という興味深い一冊。先日よりぽつぽつと読んでいます。

その中で「武蔵野」の項がおもしろかったので、引用します。

武蔵野の草はもろ向きかもかくも君がまにまに我(あ)は寄りにしを
                                  『万葉集』東歌

武蔵野は万葉集の時代から歌われた。その一首。
武蔵野の草はめいめい勝手な方向に向いているが、
その草のように、どのようにでも君の言うがままに頼ってきましたのに、
という歌意。
武蔵野はまだ人間を寄せつけない、荒涼とした北方の原野だ。

今日、なになにの面影が残る、というとき、もっともフィットする地名は
武蔵野をおいてない。
「武蔵野の面影が残る」というフレーズはほとんど定型化しており、
観光ガイドなどではかならずお目にかかる。

このフレーズが有名になったのは、やはり国木田独歩の『武蔵野』である。
「武蔵野のおもかげはいまわずかに入間郡に残れり」
というのがその書き出し。
明治30年ころ、もう武蔵野は面影だったわけだが、
実はこのくだりは独歩の言でなく
江戸期の観光地図からの引用である。
江戸時代から武蔵野は面影の場所だった。
いわば武蔵野は、武蔵野としてでなく、武蔵野の面影として
発見されたわけで、こういう土地はなかなかにめずらしい。
「武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。
……林と野とが斯くも能く入り乱れて、
生活と自然とがこの様に密接している処が何処にあるか」
と独歩は書く。
近代の都市文明と自然との、均整のとれた調和の理想を武蔵野に見出す。
すると「面影」は過去への郷愁ばかりでなく、
現代に直結する積極的な意味をもっている。(後略) 

…実はこのくだりは独歩の言でなく
江戸期の観光地図からの引用である。
江戸時代から武蔵野は面影の場所だった。
いわば武蔵野は、武蔵野としてでなく、
武蔵野の面影として発見されたわけで、
こういう土地はなかなかにめずらしい。

上の箇所で「ガ~ン」ときてしまいました。
武蔵野という自然と、そこに小さく住まう人間、という構図は、
人間の理想であり楽園であり、すでに失われた土地、だったのでしょうか、
それも近代よりもずっと以前から……。

このような設問は、あるいは自然環境論へ、歴史へ、宗教論へ、と発展もするでしょうが
今日はここまで。(ですが、確かに、その面影は「過去への郷愁ばかりでなく、
現代に直結する積極的な意味をもっている」のでしょう。。)

国木田独歩『武蔵野』は「日本名作文学朗読選」というサイトより朗読を無料で聞けますので、
武蔵野の面影と独歩の名文をご堪能ください、お時間あるときにでも。

書き出しはこうです(青空文庫)。読むにはちょっとハードですが、朗読で聞くと耳にやさしい:

「武蔵野の俤(おもかげ)は今わずかに入間(いるま)郡に残れり」と自分は
文政年間にできた地図で見たことがある。
そしてその地図に「入間郡小手指原久米川は古戦場なり太平記元弘三年五月十一日
源平小手指原にて戦うこと一日がうちに三十余たび日暮れは平家三里退きて
久米川に陣を取る明れば源氏久米川の陣へ押寄せると載せたるはこのあたりなるべし」
と書きこんであるのを読んだことがある。
自分は武蔵野の跡のわずかに残っている処とは
定めてこの古戦場あたりではあるまいかと思って、
一度行ってみるつもりでいてまだ行かないが
実際は今もやはりそのとおりであろうかと危ぶんでいる。
ともかく、画や歌でばかり想像している武蔵野をその俤ばかりでも見たいものとは
自分ばかりの願いではあるまい。
それほどの武蔵野が今ははたしていかがであるか、
自分は詳わしくこの問に答えて自分を満足させたいとの望みを起こしたことは
じつに一年前の事であって、今はますますこの望みが大きくなってきた。
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by youyouhibiki | 2010-08-26 00:08 | 思う・考える | Comments(2)

自転車で

今日は小石川まで打ち合わせに行きました。
荷物が多かったので、自転車で出かけ、打ち合わせのあと、
白山通り、本郷通りを北上、道路沿いにあるお寺を
あちらこちら寄りながら帰ってきました。

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まず最初に目についたのが、八百屋お七のお墓がある圓乗寺の石碑。

その次に寄った「ほうろく地蔵」(大円寺)は、
「お七火事を起こした罪で火炙りの刑にされたお七の罪業を 救うために、
熱された焙烙(ほうろく)を自ら被り苦しみを受けたお地蔵様」
なのだそうです。
 参照:お頭にほうろくを載せたお地蔵さま

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あとで知ったのですが、丸山火事のときにお七が避難したのがこの大円寺なのだそう。
上の写真はお寺の庫裏。

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そこから更にまっすぐ行くと、目赤不動がありました。
以前、目黄、目白不動へはお参りしているので、
目黒不動と目青不動にもいずれそのうち…と思っています。

さらにまっすぐ行くと、「吉祥寺(きちじょうじ)」というお寺があります。
立派な山門、中の広さが、外からも分かります。

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枝垂れ桜の季節、さぞ美しいことでしょう。

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立派な経蔵があります。
かなり古い建物…と思いましたが、
東京大空襲でかろうじて焼け残ったのを補修したのだそうです。
wikipediaには
「境内には後に駒澤大学となる学寮「旃檀林」(せんだんりん)があり、
卍山道白が規則を制定して大いに繁栄し、
幕府の学問所「昌平黌」と並んで漢学の一大研究地となった。
多くの学寮(いわゆるカレッジ)・寮舎を備え、常時1000人余の学僧がいた。
各寮には学徳兼備の者が選ばれて寮主となっていた。
寮主はさらに役員を選び、これら役員によって学問の指導や日常生活が
話し合いによって運営された。
教科目は内典(仏教)と外典(漢学)で、
江戸の中間期以降は漢学が重視された。
そのため僧侶以外でも、寺院に縁故のある旗本の子弟・寺侍に
聴講を許した。」

と書かれており、この経蔵も、そのような昔を偲ばせる建物のようです。

ところでこの吉祥寺にもお七・吉三の比翼塚があり、
「どうしてこうもあちこちに?」と思って、ちょっと調べてみましたら、
吉三が修行をしていたのが吉祥寺、という説があるようです。
ほかにも異聞いろいろあり、たとえばお七が避難したのも圓乗寺だった、などなど。
いずれにしてもこの辺りが「八百屋お七」事件の舞台だったことに
違いないようです。

折しも終戦記念日、東京大空襲でまさに被害を受けたこのあたりを通りながら、
戦争で亡くなられた方々のことを思わずにはいられませんでした。
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by youyouhibiki | 2010-08-16 01:06 | 旅・散歩(下記以外) | Comments(0)

(名残りの)オモテとウラ

まずは乾杯をして、名残りのオモテがはじまります。
付け句はウラの

  十一  花の雲 麒麟首より歩み出す  信子 春
  十二  心を鬼に絵をや踏むらん  翳雉 春

に続いて春の句。

名オ
一  奥床しき言葉づかいの蜆売り  恵洲 春


「ほう、ほう、どういう素姓の蜆売りなのでしょう…。」
お酒も入って話も盛り上がります。

二  黄金バット出づる頃合い  翳雉
三  八月の空戦争の話など  信子 夏
四  鼻欠け地蔵炎昼に立つ  恵洲 夏

ここはベテランのお三人競作。
八月だし、戦争の句は入れたくて…、と信子さん。

私もそろそろ採っていただかねば…。

五  駈落ちを決めて夜半(よなか)に握る飯  きらら

最初「駈落ちを決めて前夜に握る飯」としていたのですが、
おにぎりがいたむといけないので「夜明け」にしたところ、
桃籬さんから「駈落ちはふつう夜明けにするから、夜半がよいのでは?」と
鋭く指摘していただいて、この句になりました。

「きららさんの駈落ちはずいぶんのんびりしているなぁ」
「おかかにしますか? 鮭? たらこ? なんて言いながら作ってたりして…」
など、会話がはずみ…。

六  明(あか)し消し去る折からの雨  翳雉

歌舞伎がご趣味の翳雉さんに、同じくお詳しい桃籬さんが「曽根崎心中ですか?」と
聞いておられます。帰ってから調べようとこそっとメモします。

このあたり、名所(などころ)(の句)が欲しいですね、ということで、
すでに三人の方が出しておられました。
蹴石さんは、「よーし、これで自分のが採られたら祝杯あげよう!」と
おっしゃってます。
私は、闇→触覚かなぁ、と思って出来た句をともかく提出。
意外にもそれを選んでいただきました。

七  ふくさにてなぞる棗のまどかなる  きらら

オモテに「卓袱台」が出ているので「袱紗」はひらがな。
離れているからいいようなものの、
珍しい漢字なのでイメージが戻らないようにという配慮もあるのですが……
いつも私は句を作るだけでせいいっぱい、
漢字は忘れてばかりなので、ひらがなの多い句になりがちです(^^;;

蹴石さんの方へ行ってお酒をいただき、
「蹴石さんのかわりに私が祝杯あげます」と言ったら
「あれ、きららちゃん(←ちゃん付けなのですw)、そんなこと言うの!?」と蹴石さん。

八  光秀公は真面目一筋  恵洲
九  この蕎麦屋腰の勁さが名代とも  信子
十  八郎潟に白帆見し頃  蹴石

名所がここで美しく出ました。

十一  故郷は月とお酒とおふくろと  恵洲 秋
十二  菊人形の反り返る見栄  信子 秋

名ウ
一  山並はここを先途と粧いて  翳雉 山粧う=秋

二  拾った貝が告げる占い  蹴石
三  聞香の仲間が集うひと刻に  信子
四  障子に当たる蜂の羽音  恵洲

このあたり、手も足も出ない状況の私。
花の句は難しいので、できるだけこのあたりで採ってほしいとは思うのですが…。

 「うわー、花の句、難しくて今までも作れたことがないんです…」と言うと、
 「ほんとに花句は難しいです。」
 「昔は花句の前ではお香をたいたというけど、
 それくらい格調も高くなくてはならないし…」
と皆さん肯かれます。
ともかく出さなくては、と思って
 「祇園より先斗町へと花の風」
と出したら、捌きさんが
 「花の風がちょっとねぇ…」
慌てて『十七季』の「正花一覧表」を見ます。
 「えーっと、花の雲? 花吹雪?」いろいろ言ってみると、
 「そういうんじゃなくて… 花おぼろなんてどう?」
 「はいっ! それでお願いします!」
相変わらずの他力本願だし、句もまだまだ稚拙、
まさに「花を持たせていただく」の図でした(^^)。
それにしても、言葉をほんの少し変えるだけで、
句の姿かたちがこれだけよくなるなんて……。
勉強になった一日です。

五  祇園より先斗町へと花おぼろ  きらら 花・春
六  遅日の石に残るぬくもり  桃籬 春

捌きさんの挙げ句により、お開きに。
時刻は8時。6時間半の長~いバトル、もとい連句でありました。
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by youyouhibiki | 2010-08-12 19:54 |  連句・歌仙 | Comments(0)

オモテとウラ

毎月第一土曜日にある連句の会、
ふだんだと10名以上が出席するのですが、
この日は最初5名、その後1人増えて6名、と比較的少人数。
人数が多いと、なかなかどんな風にやっているのか、
伝えるのもたいへんなのですが、今回は人数が少なかったので
ちょっと書いてみます。

まず、神奈川県下の某センターの一室に、
5名が三々五々、やってきます。
開室は1時半、お茶やお菓子の用意をして、連句は1時半にはじめます。

オモテ=歌仙の最初の6句です。

オ発句 鬆(す)の立ちし脳に容赦もなき残暑  恵洲(秋)
オ二    荻のそよぎもしるき暮れ方     桃籬(秋)


この二句は、はじまるときには出来ており、
ここからが本番となります。

この日は立秋。
正確に言うと今年の立秋は14時49分なんだそうです(wikipediaによる)。
私、時間が決まっているなんて、知りませんでした。。

さて、次は「月」の句です。
ふつうは五句目にくる「月」ですが、秋のときは最初の三句が秋になるので、
引き上げられます。
なおかつ、「テ止め」と言って、三句目は、「~て」「~らん」などで終わる、
という規則があります。
(これは多分、「場」を変えるため)

一同しばし熟考。。

オ三  野外劇待つ間をしばし月愛でて   信子

何度も繰り返すようですが、連句ではA句と次のB句は関連していてもよく、
B句と次のC句も関連していてよいが、A句とC句はまったく関連しない、という
ルールがあります。
また、それぞれの句が近すぎて、すぐに連想されるのもNGです。
連句を見ていると、わりあいこの連想がすぐにできる連句も多いのですが、
当会では付き過ぎは特に嫌っていて、そこが勝負どころでもあります。

さて、ふだんは「出勝ち」と言って、何人かが付け句をして捌きが一句を採るのですが、
今回は人数も少ないので「膝送り」(順番制)にしようか、などという声も聞こえてきます。
とすると、すでに5名のうち3名が出しているわけだから、私を含めて残るは2名?
プレッシャーがかかります(^^;;

今回、私にとって運がよかったのは捌きの桃籬さんの横に座ったこと。
出した句をさんざん添削していただいて、四句目を採っていただきました。

四  忘れ扇にかすれたる歌    きらら(秋)

最初は 「忘れ扇に歌のかすれて」→(テ止めが続くので)「かすれし歌の忘れ扇に」
→リズムが悪い→捌きさんより「忘れ扇にかすれたる歌」では?
ふつうは添削なんてやっていただけないのですが、人数が少なかったし、
なといっても30年もやっていらっしゃる面々の中では私、まだ入会3年目の若輩者だし。。

五  D51(デゴイチ)は昼のしじまを置き土産   翳雉(雑)
六  原稿書きも卓袱台でする    恵洲(雑)


発句を出したあと、付け句を遠慮していらっしゃった恵洲さんも、
ここから参戦、
このあたり、さっぱり私の頭はまわらず、ただただ
「なるほど~」「お~」などと言うばかりの私。。
言わずもがなの解説ですが、野外劇に忘れられていた扇が、
次の句では汽車にあるという設定になり、
その次の句では電車を聞いている室内の景色へと変化しているわけです。

このあたり、わりとすんなり、いつもより早いスピードでオモテ六句ができました。
続いてウラ。次は12句です。
オモテは、交響曲で言う序章のようなもの。
「神祇釈教」や「生死」など、インパクトが強い句は出さないことになっており、
ウラではそれらが解禁になります。

ウ一  近頃は有機エコなどくどくどと   信子

実は私も、「えーっと、男の人が一人原稿書きをして、
誰か近所の人がやってくる? 宅配便? 回覧板?」などと思っていたのですが、
信子さんはその先を行ってらっしゃいます。
付け句は、やってきた人がしゃべっていること。
私ならせいぜい、「玄関に…」とか「届けものは…」みたいな句しか
出来ないと思うのです。
恵洲さんの「原稿書きも卓袱台でする」も
「近頃は有機エコなどくどくどと」も、
パッと情景が目に浮かぶよう。さすがです。

ウ二  五十で逝くも九十(くじゅう)を生くも  翳雉

なるほど。。この句も、最後まで「~~だ」と言わないところがいいなぁ。。
というところで閃きました。「とかく陽気なかんかんのう」これだ!
上5、もう少しヒネりたかったのですが、採っていただきました。

ウ三  手習いはとかく陽気なかんかんのう   きらら

「ふっふ、(落語の)駱駝ですね」などと声が聞こえます。
落語のこと、あまり詳しくないのですが、かんかんのうだけは知ってまして(^^)

ウ四  貢ぐ振られる性懲りもなく   恵洲(恋)
ウ五  残月に枯れ蟷螂(とうろう)のひそむ枝  桃籬 秋月


なるほどなるほど。。人数が少ないので、捌きの桃籬さんも参加です。

ウ六  そろそろ炭のほしい語り部  信子 秋
ウ七  伝来の薬草霊験あらたかに  きらら

最初、「知りつくす薬草霊験あらたかに」としていましたが、
捌きさんから「ちょっと付き過ぎかしら? 『伝来の』にしたら?」と
こっそり教えていただきました。
なるほど。。「知りつくす」だと主語は「語り部」になるけど
「伝来の」だと句の主体が薬草になって、付きすぎじゃなくなる。。

八  見るより凄く変わる面相   翳雉

そんな薬草だったのね(^^;;

九   命令は敵中横断決死行  恵洲
十   風がないのに揺れるブランコ   蹴石


少し前に着かれた蹴石さんが、早くも一句。
ちなみに蹴石さんは私より一回り上ですが、サッカーがご趣味。
この日もグラウンドでサッカーされての帰りでした。
いよいよ花の句です。

十一 花の雲麒麟首より歩み出す  信子(春)
十二  心を鬼に絵をや踏むらん  翳雉(踏み絵=春)


わーい、これでオモテとウラができた~!!
時間は4時すぎ?(ちょっとよく覚えてないのですが)
でもこれで完成じゃないんです。
あと、名残のオモテ12句と名残のウラ6句があり…ということは、
ちょうど折り返し地点(^^;;
でも、ここでビールやお酒、おつまみと軽食が出て気分転換となります!(ファイト!

(続きはまた今度。。)
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by youyouhibiki | 2010-08-09 22:27 |  連句・歌仙 | Comments(0)

又風流

先日、根津美術館に行ってきました。
午後は暑くなるので、朝9時半に家を出ました。

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メインは「いのりのかたち 
金剛界八十一尊曼荼羅 八十一尊曼荼羅と仏教美術の名品」展、
みごとな曼荼羅や仏像が展示されていたほか、
表情豊かな「絵過去現在因果経」も拝見。

コレクション展の一室では「夕さりの茶」として
夏の夕べのための、涼やかなお道具が取り合わされ、
展示されていました。

トンボ、朝顔など夏の動植物をあしらった茶器、平茶碗、掛け軸など…。

中でも目を引いたのが「薄暮」と「又風流」というお茶杓でした。
…元来、茶杓好きでありまして(^^)。

「薄暮」は、細くてとても華奢な茶杓、
この茶杓で棗の中のお茶の表面をうすく均すことは、
茫漠とした黄昏の中を歩くことにつながるかもしれません。

「又風流」は、一見分からないのですが、
よく見ると節から下が微かに左にしなってます。
それは「曲がる」と表現するほどではなく……。
その微妙なラインがたまりませんでした。

そういえば、安南の磁器の水差しも、かたちが少し歪なのですが、
蓋もそのかたちに併せられていたり、
微かな微かな変化を楽しむのがお茶の世界なのでしょうか。

根津美術館はお庭もまたすばらしく、館内を少し散策してから
(午前中だったためか人影まばら)、家にもどりました。


根津美術館のお庭の写真は、写真ブログに載せています。

夕さりの茶事、私はお茶会経験が少ないのですが
鎌倉・東慶寺さんがブログに美しい写真を載せていらっしゃいますので、
ご案内させていただきます。
http://tokeiji.exblog.jp/13728692/
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by youyouhibiki | 2010-08-07 08:47 | 美術 | Comments(2)


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